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藤沢育成会 理事長日記 | 最新の日記
おさ'んぽ~体験的福祉の歴史散歩~⑩

 社会福祉事業はチーム力だと学んだ特養での施設運営の次は児童相談所。児童虐待の相談件数が急上昇し、虐待死事件等が社会問題となっていた。"児相が関わっていたのになぜ!""児相はなぜ保護しなかったか!"など糾弾する記事が繰り返された。しかし、児相では家庭内の密室で突然の感情が引き起こす事、親権という壁、しつけと虐待の狭間、職員不足等が問題だった。加えて社会の理解と現実との乖離があった。そのため職員が頑張っても成果は上がらずモチベーションが下がる実態を見た。児相≒相談の仕事は1人作業が多くチーム意識が持ちにくいので、SW、心理士、医師、保健師など専門領域の融合が非常に大切で、孤軍奮闘しない、させない環境を作ることが大事だと考えた。

 児童福祉司から報告があった。3人姉弟のお姉さんからの相談は中学校訪問時だった。毎日、鍛練を強要される弟たちが可哀想で何とかしたい...と。どう考えても児童虐待で保護するまでに至らないが、子どもたちが疲弊する事実は見過ごせない。調査すると母親がDV被害の疑い。大ケガはなさそうだが行動制限、金銭的な締め付けなど気がかり。更にケアマネ情報では寝たきりの祖母が褥瘡を作って寝かされっぱなし...。児童虐待では保護できない。DV被害で自己申告は難しそう。当時の理解では祖母がネグレクトだとも言えず。どうにもならずに遠巻きに見守り、何かあった時の対応の準備をする児相の限界を感じた。

 虐待関連法は、児童虐待防止法、DV防止法、高齢者虐待防止法、そして障害者虐待防止法とあるが、包括的な虐待防止法はない。それぞれの定義を見ると暴力だけで定義せず、性的、心理的そしてネグレクトが基本。子ども以外は金銭的搾取が加わる。人権侵害だから共通するのは当然だが、相談機関も対応も判断基準もバラバラ。縦割りの弊害だと言わざるを得ない。それが現場の限界を作る。多様な取り組みで改善を図った児童虐待から見ると高齢者虐待等の認識は大きく乖離している。"人権侵害"と考えればネグレクトの捉え方に乖離があってはならないが現実には差がある。制度がサービス受給者の生活を変えてしまうほど影響があるにも関わらず、それぞれの制度で理解に乖離がある。事例のような可能性は十分考えられるのに制度上単一の対象にしか向かえない。制度と現実の乖離を実感した。日本の福祉は対象者別に考えられてきたが、今後、人権等の軸を作って再編しなければならない。ピンポイントのサービスだけでなく、家族全体を包括的に相談出来る体質、親子が共に暮らせるサービスなど輻輳的な支援を考えなければサービスはあるが成果はまだ...という結果になる。サービスの成果は、サービス提供者の満足で終わるのではなく、サービス受給者のもとで花開かなければならない。ただ、これが出来る職員は相当な力量が必要だろう。そのための職員養成を行うべきだ。

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新陳代謝の中に残る"原点"

 子どもの頃、黛敏郎(作曲家)の司会で日曜の朝に見たい番組があった。ただチャンネル権ランクが低いのでたまにしか見られなかったのが「題名のない音楽会」。長く出光興産が協賛し、佐渡裕(指揮者)、五嶋龍(バイオリニスト)などが司会者だった。今はミュージカル俳優の石丸幹二が担当している。芸大出身らしくクラッシックにも造詣が深い。毎回テーマを設けた30分番組だ。ブラスバンド部でトランペットを吹いていたので金管楽器に目が向く。また耳にも良く入る。トランペットは3つのピストンと唇で音を変えるが、ある時ピストンを動かす手に違和感をおぼえた。従来のものではなく、ラッパを横に持って押している。このようなピストンをホルンでは見るがトランペットではなかった。トランペットも時代と共に変化する...と思った。

 オーケストラを眺めると、右後ろに並んでいるコントラバスが左後ろに。右前列に並ぶチェロが第2バイオリンの横手、右前列にビオラ、並び方も違う。曲によって変わるのは当然なのか...。そうか、楽器編成も曲によって異なるから必然なのだろう。そういえば黛敏郎作曲の「涅槃交響曲」は、金管楽器は2階客席から演奏する指示があると聞いた。楽器編成だけでなく、着席位置まで異なる場合もある...と思った。

クラシックでも時代と共に変化する。作曲者の意図とは別に指揮者の解釈が加わり、演奏家の考え方や技量によってさらに変わる。古典と言われながらも変化し続けているのだと思った。そういえば、あれほど伝統や格式が重んじられる歌舞伎も「スーパー歌舞伎」というジャンルが出現し認知されている。また、絵画では作者が亡くなった後に評価が高くなる場合もある。時代の変化とともに、変わらないと思っているものでも必要な変化がなければ世間から受け入れられなくなるようだ。

 変わってはいけないと思っているものでも、これまでと同じでは時代から取り残される。現状より少し前に出て新しいことを考えたとしても、今を維持するのに汲々とすることもある。どんなに評価されても、評価されたその時点で陳腐になってしまうものもある。

"支援"と言う仕事は、利用者の生活をそんなに急激に変える事など出来ないから、変化しないように対応するのが一般的。しかしトランペットのピストンが変わるようにいつの間にか変わっている状態を意識して受け入れなければ今を維持することが難しい。その時、何が残っているか...。そこが原点、変えてはいけない要素がある。その原点を取り巻く何かが時代とともに変化する。新しい年を迎える時に心新たに変わるものと変わらないもの、そして変えてはいけないものを見極めたい。それぞれの事業も時代とともに変化するのは必然と見て、時代に添う改善策を常に考えたいものだ。(2018.1

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おさ'んぽ~体験的福祉の歴史散歩~⑨

行政と現場を往復し視界が広がっていのを実感できるほど余裕はなかったが、次第に広角的に社会福祉を観るようになった頃、介護保険施行時の特別養護老人ホームに転勤。介護保険は社会保険を導入し、これまでの考え方からイノベーションするものだった。理念的な"個の尊重"や"利用者主体"を具現化したものが"措置から契約へ"などになる。行政処分の"措置"ではなく選択できる"契約"になってサービス料を支払う。それが利用者主体を体感させたが、不十分な応益負担が応能負担と混在して中途半端だった。その後障害者自立支援法で受益者負担が混乱を招いたのはここが伏線だろう。経済的負担が重くなる対象者に経済的保障をする前に受益者負担を求めたからだ。軽減措置をどれだけ行っても社会的承認が得られなかったのは経済給付(ダイレクトペイメント方式)等の検討が不十分だったらだと思う。

 それでも、介護保険導入によって社会福祉の変化に拍車がかかり、今では当り前の利用者と介護者≒福祉従事者の関係が縦から横に変化した。特養ではその具現化が求められた。しかし、これまでの条件とほとんど変わらない現場はどうすべきか判らず混乱した。検討の結果、より丁寧な支援をするために考えたのが"小グループ化"。知的障害者施設では諸条件が整わず断念せざるを得なかったのに実施した直後だった。そこは不十分な建物設備や職員数等のままの実施で混乱していた。収拾しようにも賛成派、反対派、横睨み派と継続の是非を判断する状態ではなかった。それなのにほぼ100%の身体拘束など早急に解決すべき課題が山積。家族は預かっていただいている...との思いが強く、拘束は必要だとし、小グループ化の意味は理解不十分な状態だった。覚悟を決めて、どうすべきかを選択する会議を設け職員と協議したが、問題解決の糸口を見出すことは出来なかった。そこで無理をしない...と決め、建物等の条件に合うものにし小グループ化を断念。それよりもやるべきは事故を少なくすることと決め、ハインリッヒの法則に基づくヒヤリハット報告を徹底した。1年目はデータにもならない状態だったが2年目に検討素材となり、危うい場を整理すると職員側から身体拘束解除の案が次々に出た。3年目にはデータ分析を行いながら身体拘束は100%廃止できた

 時代は社会福祉の考え方を大きく変え、直接援助の考え方、手法も大変革の時を迎えていた。制度が現場を変えるのか、現場が制度を変えるのかというと、日本の場合は制度が現場を変えることが多い。この頃、障害者が"制度が変わるたびに僕の暮らし方が変わる..."と嘆いたが、地域福祉はソーシャルアクションが伴わなければ具現化できないし、活動的にはならない社会福祉法人はこれをベースにした事業展開が必要だと自覚したい2017.12-②)

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物語の中の障害者

"障害者"に変化はないが時代と共に周囲が変わる。その様子が物語などに反映する。日本最古の障害者の記述は『古事記』。イザナギ、イザナミの子として誕生した"ヒルコ"の話。"ヒル"は"蛭"。葦舟に乗せられ川に流された。葦はパピルス・植物である。古代、神様の子でも障害児は捨てられた。ゆえに古代は「遺棄・抹殺の時代」と言われ、中世に「慈悲・嘲笑の時代」に。映画「エレファントマン」はご存じだろうか?象のような顔(奇形)の青年はフードをかぶって街を歩くがいじめられ罵倒される。それでも生きるために見世物小屋で姿をさらす。その後、教会の庇護を受け塔の最上階で暮し安寧を得た。

 時代が変り近代は「保護・教育の時代」となる。たとえば視覚障害者が使う"点字"は、17世紀フランスのルイ・ブライユがモールス信号をヒントに凹凸で表現した文字。もちろん日本に点字はなかったが、世界的に珍しい職業団体があった。ご存知の"座頭市"はこの組織の一員。個人名は"市"。組織内の立場=地位が"座頭"。江戸時代の検校を筆頭とした視覚障害者の組織である。本業はあんま=マッサージ業。夜な夜な笛を吹いて客を待つ。夜の仕事は多様な人間模様を知ることになり、裏稼業として金貸し業が生れた。取り立てを生業とする市は恨まれ役だから抜き身を持ち剣の達人となる。それが物語・座頭市。もちろん悪徳検校ばかりではなく、『群書類従』を書き上げた国学者・塙保己一などもいた。

 現代に入り障害者の権利擁護が当然となる。しかし、第二次世界大戦前は一般的理解ではなかった。ナチスドイツの優生思想が相模原事件で話題になったが、理解はまだまだ不十分だった。だから、第二次世界大戦が終了しようやく「人権擁護・共生の時代」に入った。1947年の国連の人権宣言から2006年の障害者権利条約に至るまで歩み続けてきた。理解が進むと当然だったことがダメだしされた。例えば、童話「ピノキオ」は知っている人と知らない人が、みごとに世代で別れる。なぜなら、突然障害者差別を助長すると排除されたから。木で作られたピノキオが、おじいさんの言いつけを破って大冒険。かたわ(肢体不自由)の狐にだまされる。それが障害者への差別感情を助長するとされた。障害者観は時代と共に変容してきた。古代、障害者は生きにくかったが、中世には保護、庇護の対象に。近代は教育対象となるが人権意識はまだまだ。長いスパンで概観すると障害者が人として暮らせるまでの積み重ねが見える。来年は法人設立30周年、活動開始から50年。半世紀の間に大きな変遷があった。これからは、人権擁護を声高に叫ばなくても当り前に地域生活が出来るように積み重ねる時だ。(2017.12.1

 ※"かたわ" は差別(不快)用語ですが、当時の理解を再現するために使用しました。

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おさ'んぽ~体験的福祉の歴史散歩~⑧

 計画を作ったらその通りに出来るかと云えばそうではない。計画通りに出来るか検証が必要。計画を実施する財源の裏付けも必要。大災害や大事件など自然・社会現象にも影響を受ける。社会福祉は常に社会の課題と相関関係の中で動いている。そのため社会現象等を踏まえ実施する力が必要になる。「かながわ子ども未来計画」策定後の仕事は「地域企画課」。注目の"地域"と"企画"。出来たての所属は児童相談と障害福祉業務の混合。

 神奈川方式と言われた"子どもの権利擁護事業"を具現化する準備に取り組んだ。児相機能に付加し児相強化を考えたが、未知ゆえに課題が多く、もたもたするうちに転勤。後任に託した。転勤後、社会問題になった"鎌保"の施設内虐待。後任の奮闘で考えていた機能が力を発揮、神奈川方式を不動にした。仕事は、よき上司、よき友、よき後輩と共に成就すると実感した。

障害福祉業務では手帳発行のパソコン化。全国初の仕事。今や業務に欠かせないPCに写真を取り込むシステムは波乱の幕開けだった。予定通り発行できないと利用者に迷惑がかかるから必死に頑張ったが、システムの問題は解決できない。SE経験のある職員から受ける説明も理解できない。それでもやり遂げる...。出来る...と言われて納品されたが出来ない...。力量の問題かもしれないが、出来ると言った会社に出来ないことを伝え、必死に修正、調整した。何とか手帳を発行した後も少しずつ調整し1年以上続いた。初仕事は周到な準備をしても、それでも疑わなければならない...それが仕事だ。仕事上の約束は、どんなことがあっても果たさなければならない...それが仕事だ。そんな厳しさは、ポスト・役割が変わるごとに強く重苦しくなった。若い人に"時間を守れ!"と手厳しく言うのはこんな経験があるからだろう。今も約束の日時に出来ていない仕事は"腐っている!"と思っている。一生懸命だからと言って許される訳がなく、約束までに出来ない時は、賞味期限切れの商品を届けているのと同じだと思っている。この頃から、チームを纏める仕事が主流になった。また企画調整し、実行するのが仕事になった。どんなに良い企画でも、実行できなければ"絵に描いた餅"と理解した。どんな仕事も同じだろうが、社会福祉領域は特に"ヒト"が結果を創る。質の高い人との仕事は"企画"が活きるが、モチベーションが低く質が課題のチームでは"企画倒れ"になる。人材育成とは、学力や豊富な知識ではなく、仕事に向かうモチベーションが高い職員、感性のある職員を養成しチームを作ることだと考えた。だからサッカーや野球の役割を相互に生かしあうチーム力を意識した。時代は虐待問題に対応するため社会福祉の根幹に"人権擁護"が強く意識され、措置を必要とするサービスと選択できる契約によるサービスの両極が動き始めていた。(2017.11-②)

 

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