日記

理事長日記

住み始めて2年...

 湘南台の街が大きくなる頃、小田急江ノ島線に加え横浜市営地下鉄と相模鉄道が来た。まさか住むとは思わなかったが、運転しない身には新宿、横浜、小田原、三浦半島など実に便利だ。街づくりは鉄道と共にあるようで、新横浜は駅が出来るまでは笹薮で何もなかった。最近では鉄道拠点となった武蔵小杉に高層マンションが林立し人気スポットになった。だから村岡に新駅が出来ると聞き「湘南あおぞら」はどんな影響が...と。

 湘南台に住み始めて2年。暮らしに不便はなく、雑踏もなく、穏やかな街で年寄りにはありがたい。ここが終の住処だろうが少し不満も。手ごろな本屋がない...、大型店舗がない。これは郊外の一戸建てがもてはやされた時代の街づくりでスーパー等は郊外にある。車社会に合わせたと判るが、適当な本屋がないのは判らない。適当なとは、好みに合ったという意味。だから仕方がないが、徒歩圏のT大学、バスに乗ればK大学、B大学、Y大と湘南台駅を利用する学生は多い。若い頃と比べても意味はないが、大学までの道のりは本屋街だった。活字離れに拍車がかかっているがここまでの減少は驚き。古本屋はなく、ブックオフは郊外なので断念。学生街は、本屋街から雀荘・パチンコ店、喫茶店などを経て今はコンビニ。駅周辺にはカラオケ、居酒屋。学生の暮らしが見える。食費を切り詰めて本を買う学生は消え、稼ぎは飲食とファッションに...。

 本を読むかどうかでまじめ度を推し量ろうとしているのではない。だが読めば読まない人より多くを発掘するチャンスがある。かつて米国では首都を知らない大学生がいると聞き、そんなバカな!と思った。新聞にトランプ大統領の岩盤支持層には不十分な知識、理解のまま支持する人がいる...と。ニューヨークではトランプは鼻つまみ者なのに...と。大学で教えるようになり10年たつが、当初の学生との違いを感じる。年を重ね許しがたい気持ちが強く出ることを割り引いても基礎学力が低くなった。言葉を知っていても意味が判らない、使い方を知らない...。今なら日本の首都は何処?と聞くと"首都って何?"って聞き返されそうな気もする。かつて、研修で特別支援学校長が一本の線と三角を重ね、線の上に"知"、下に"情""意"を書いた。そして「人間には知・情・意があります。今の教育は"知"育偏重で"意"を持たない"情"けない教育です。」と。また「日本語では"特殊"教育と言うが、英語では"スペシャル"。そう"スペシャルメニュー"です」とも。勿論、電子媒体などで書物も新聞も変化したのは承知だが、学生の活字離れは子ども時代に楽しく本を読んだ経験がないからでは...と思う。最後まで読まない教科書、知識を詰め込むハウツー物、試験対策本など面白いはずがない。自分で考える要素がないと面白くない。面白い!には"主体性"がある。主体性があると"学び"になる。本屋のない学生街を見て人々の思考が変ったと思う。鉄道と人々の変化が街を変える時、インクルージョンにも変化があるだろうか...。(2020‐②)

「初夢」

 2020年の幕開けです。あけまして おめでとう ございます

 今年は東京オリンピック・パラリンピックの年。地元ではセーリングが予定されている。思ったほど盛り上がらないのは忙しさか、人気に陰りがあるかは判らない。かつてマラソンでエチオピアの選手が金メダル、ロシアの選手が銀メダル、そして日本の有森裕子選手が銅メダルに輝いた時、金メダル選手は"国家のために!"、銀の選手は"家族のために!"、有森選手はかの名言"自分で自分をほめてあげたい!"と"自らのために"と話した。お国事情がオリンピックへの想いを変える様子をまざまざと見せたインタヴューだった。

1964東京オリンピックからパラリンピックが同じ会場で開催と決まったが、その"パラ"は"パラプレジア=麻痺"の意味。その後ソウルオリンピックで"パラレル=平行"となって"もう一つのオリンピック"と言われた。日本では前回を契機に障害者スポーツが普及し、障害者イメージが変わった。また"バリア"が次第に減り変化の兆しを見せた。世界のイベント開催は世界基準を受け入れるチャンス。パラスポーツは、走り幅跳びのように既にオリンピック記録を超える種目が出た。車いすラクビーや車いすバスケの当たりの激しさは、まさにアスリートの世界。鍛え上げなければその場に立てるはずもない。一方で、障害者スポーツとして発展し一般化しつつあるボッチャやゴールボール。しかし、これだけのアスリートの戦いになると、障害者が楽しむものではなくなった。

元々パラリンピックは、英国ストーク・マンデビル病院で始まり、車イス競技"スラローム"などリハビリの一環。その後、障害者の生きる力がよみがえるツールとして様々に発展した。つまり、障害者が障害を克服し人生を謳歌することが障害者スポーツの意義だ。それがパラレルになって障害者からアスリートのものとなり、もう一つのオリンピックとなった。それは考えようによっては、障害者が人として人生を謳歌できる環境がすぐそこまで来ているということ。今年、オリンピックと共に、もう一つのオリンピックが東京で開催される。サッカー日本代表の監督を2度務めた岡田武史氏が新聞に今大会を「日本人が自立できる大会にしよう!」と訴えていた。岡田氏は昨年のラクビーWカップ日本代表は自立しやすかったという。試合が始まると監督=ヘッドコーチはスタンドにいなければいけない。しかも外国出身選手が多かった。だから自立せざるを得ない環境だったという。スポーツ選手はどちらかと言えば自立精神は高いと思っていた。何故なら1球1球間がある野球でもバットを振るかどうかは選手次第。だが、高校野球では"待て"や"振るな"のサインがあるそうだ。つまり、自分の考えではなく指示を待つ。日本社会は指示待ちが多い。マニュアル通りにするように育てられている。うれしくもないが岡田氏の言うことに説得力がある。今年、2つ夢見ている。始めに障害者が人として楽しむ時間、場を作るスタートとすること。次に自らの意思が表現できる自立度の高い暮らしを模索すること。(2020.1)

"きれいにお使いいただき有難うございます"

 街を良く歩く。まずは健康のため。2つ目に法人内事業所巡り。3つ目は法人外の仕事。そんな時、奇妙な言葉に出会う。公衆トイレで"きれいにお使い頂き有難うございます"。これに2つ奇妙を感じる...。なんで使う前にきれいに使った...?言葉かけとして変...?もう一つは、当たり前なことも出来ない輩が増えた?...。と、へそ曲がりは疑問になる。駅のアナウンスでも考え込む。"整列乗車にご協力いただき有難うございます"?整列乗車は当たり前?当たり前ではない?いや、整列しない人へのお願い?それにお礼を言うの?こんなことを考えるのは変...。どうしてこのような言葉が使われるかを考えていたら、いつから...と思った。子どもの頃、こんな言葉はなかった。その頃は単純に怒られた。子どもがホームで電車を待つ時に並ばなかったり、横入りしたら親が制止した。だが、最近そんな光景を見ない。親が叱らなくなった。テレビで叱れない親の代わりに保育園でしつけていると話していた。インタビューに応じた母親が"虐待と思われたくないから"と。育児書に"ほめて育てる!"とある。教科書は間違っていないと教わった日本人は必死にほめる。でも、子どもは少しだけ羽目を外してやってはいけないことを冒険する。時に失敗し、時にけがをして"加減"を知る。親が叱れずにいるとほめられることが当たり前になる。叱られるとすべて否定された気分になる。叱られ方を知らない人間として育つ。だが、社会人は自分の意志ではないことが舞い込む。嫌なこともある。会社で叱られ、怒鳴られることもあるが耐えられない。だから、公共のアナウンスが変化した。制止され、否定されることに慣れていない人が多いから肯定的なアナウンスで印象を和らげる。でも、やらなければいけないことをやれない結果に過ぎない。大人になれないまま年齢だけ成人に達する。社会福祉領域は、その人らしく暮す環境を作るための社会的支援(サポート)だから、このような人が増えれば大きく変化する。先生が「今の生徒は授業後、それぞれ同じ質問に来るので行列が出来る。1人1人でなければ聞けない...」と(質問に来る生徒がいるだけ良いが...)。それは個別指導の塾が主流になったことと連動している。つまり、少子化時代"私(貴方)のために..."と育てられた結果だ。親は子どものためなら何でもしたいと"私(貴方)のために..."を続ける。それは何でも私のために回っていると...思わせるに十分。しかも、虐待と間違えられるのが怖いほど叱れず、ほめ続ける。常に"私が中心"。それは社会ではありえないので準備が全くないまま大人(?)になる...。人は成熟すると思っていたが、環境や時代性によって変わるようだ。大人へのプロセスで"社会的成熟"出来ないまま、社会に放り出される...。子どもを叱るどころか己を律することも出来ない大人の社会。危うい。それは対人援助に確実に影響する。サービスを制度理解だけでニーズに応えたなどと到底言えない。難しい時代...とはこのようなことを内包している。(2019‐12②)

"わかりやすいは、わかりにくい"

日曜日夕方6時過ぎのゴールデンタイムにNHKは「これでわかった世界の今」。世界情勢を教室仕立で解説する。受講者は2人のタレント。時に質問に答えられなくなると判らない点を凝った道具で解説。民放では池上彰の"わかりやすさ"が売りの番組。池上はNHK時代「週刊子どもニュース」の父親役だ。お母さん(タレント)や子どもの質問を判りやすく説明していた。だが、今は同時刻に大人が対象になった。最近は新聞もデジタル化されスマホでニュースを読む人が増えた。だから新聞は紙面の作りを変え1ページぶち抜きの特集記事が増えた。新聞で大切なのは速報ではなく深読みだと判る。このような記事は有料だから多くの人は読まずに表層の記事だけ見る。一方、朝日新聞では"いちから わかる!"というコーナーが出来た。基礎が判りにくい等のニュースを解説する記事。内容は子どもの頃に読んだ「小学生新聞」のようだ。十分な知識がなく読み込めない記事を解説し、事情を説明し、自分の考えに至るように書かれている。テレビも新聞も判りやすさが購買力の重要な要素のようだ。

コミュニケーションツール

 "恋文"と言う言葉があった。それが"ラブレター"になった。電話が各家庭に普及した頃、郵便物が減少し"ラブコール"が一般化した。電話は恋人に伝えるツールとなったが、大きな障壁があった。相手の自宅に電話すれば親が出る可能性が高く、異性が電話すればばれてしまう。その後"ポケベル"が出た。短文しか書けなかったので受信すると公衆電話に走った。それでも忙しい人や個人経営者には便利だった。また恋人たちや夫婦がポケベルで連絡を取り合った。その頃に井上陽水の『移動電話』がヒットした。当時はカバン型で重たい機械を持ち歩かなければならなかった。それでも利便性は増したが、恋人たちには高根の花。次第に"携帯電話"となり"ケータイ"に。ケータイはあっという間に過ぎて"スマホ"になった。スマホはスマートホン。スマートは"賢い"。ツールが変わればコミュニケーションも変わる。メールやSNSは感情が伴いにくく絵文字等を駆使するが、微妙なニュアンスや心の内を表現するのは難しく、ノンバーバルでなければ表情が出ない。不思議と言語表現より心の通い合いや豊かな感情を表す。言葉を発信しなくても通じ合うのは、多くが恋人や親子など親密な関係の人である。結局、ツールだけではなく心の機微がコミュニケーションを構成する大きな要素だと判る。

『僕とぼく<新潮社、川名壮志著>』を読んで...

 本なんてものは読む人の考え方、置かれた状況など様々に影響を受けるのだから、読後感想文は読む人の邪魔だ...と、ちょっと斜に構えた考えでいる。だから、どう読んだかなどほとんど書かない。それでも書きたくなることもある。これは図書館の新刊案内でリサーチした。2019年5月30日発行だからまだ世に出てほやほやだ。本を読むのは電車の中が多く涙が出そうで困った。自分は感情移入せず客観的に読む方だと思っていたが、やっぱり"感情的な動物"なんだ...と。涙をこらえながら読んだのは「佐世保小6同級生少女殺人事件」の被害者家族のその後。『僕とぼく』は2人の兄。著者は当時、父親の部下だったジャーナリスト。事件は記憶のかなただろうが衝撃的だった。カッターナイフで僕(ぼく)の妹を切り殺した同級生は児童自立支援施設(児童福祉法)を出て成人を迎えた頃。その間、兄たちが歩んだ道を誇張や衝撃的にせず、丁寧に、やさしく包み込むような文章だった。それだけにリアルだ。