施設長・課長日記

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藤沢育成会 施設長・課長日記 | 最新の日記
津久井やまゆり園へ(湘南ゆうき村・相談支援プラザ 小野田智司)

20184月 津久井やまゆり園へ

 

5月から解体工事が始まるとの報道があった

解体工事の前に足を運び見る必要があると思ったからだ

 

向かう道中、山間部を...でも住宅や商店がある中に...

風景に溶け込むように津久井やまゆり園があった

 

車を停めて、正門へ

報道でよく目にした景色で、初めて来た感じはしなかった

 

門が閉ざされていた

津久井やまゆり園を外からみた

 

生活する声が聞こえ、動きある姿が見える気がした

その場に普通に施設があった

 

振り返り門を背にすると、

地域の方が犬の散歩をしていた

談笑する人たちがいた

野菜の無人販売所があった

 

当たり前の時間が流れていた

 

改めて津久井やまゆり園をみた

そこは時間が停滞しているように感じた

 

解体工事後、ここにまた施設

1804 津久井やまゆり (4).jpg

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新しい挑戦(法人本部・サービスセンターぱる 石川 歩)

私事ですが、半年ほど悩んだ末、先日スマートフォンをAndroidからiPhoneに機種変更しました。

 そしていざ、使い始めてみると、やはり細かな違いが多々ありました。当法人の縁側事業「みんな・de・六会」のスマホ教室に相談したい、などと少し思いつつも、悩みながら、そして少し楽しみながら自力で一つひとつ解決中です。お役に立ったりはしないでしょうが、以下、私が直面した小さなハードルとその解決法です。

 

○データ移行ができない

説明文に「QRコードを読み取りましょう」とあるのですが、私の古いスマートフォンはカメラ機能が壊れていて読み取れず・・。別の方法を調べて試したのですがうまくいかず。午前3時まで頑張った末に諦めました。

結局、通勤の電車内で左手に機種変更前のスマートフォン、右手にiPhoneを持って、全て手入力で連絡先を移行しました。

○音が消せない

着信音量を0にできず、最初の一日は電源を切って持ち歩いていました。音を消せるスイッチがあることを知り、無事マナーモードにできました。

○インターネットが見られない

どのボタンでブラウザを開くのか分からず、インターネットが閲覧できませんでした。Safariの方位磁石のようなマーク、地図だと思っていました。

○フォルダが作れない

画面上にフォルダが作れず困惑しましたが、アイコンを移動して重ねると自然に作れることを発見しました。

○文章を修正するときにカーソルが移動できない

いまだに移動できません。

○アイコンが自動で整列しないようにしたい。

写真を背景に使ったときに任意の場所が見えるようにしたかったのですが、iPhoneでは難しいようですね。

○タスク管理の画面が出ない

インターネットを検索して、ホームボタンを2回押すと出せることを知りました。

 

スマートフォンの普及率は年々高くなっており、2016年の普及率は56%5年前の5倍だそうです。私にとっても、仕事・私生活両面において必需品といえる存在です。

慣れてしまえば気にならないだろうと思いつつ、悪戦苦闘の日々はしばらく続きそうです。

 

                 写真はぱるのメダカたちです(iPhoneにて撮影)

 

image1.jpeg

 

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「狩猟採取民の休日」(湘南セシリア 妹尾 貢)

先日、テレビで「人類誕生」という番組を見ました。我々現生人類は「ホモサピエンス」という種類の生き物ですが、今わかっているだけおよそ20種類以上の人類が過去に存在し、それらは、ホモサピエンスに向かって直線的に進化して来たわけではなく、同時に複数種の人類が存在して生存競争を繰り広げ、最終的に生き延びたのが、ホモサピエンスだった、ということです。

 

 なかでもネアンデルタール人とホモサピエンスは、同時代を生き、混血さえもして、我々の中にもネアンデルタール人の遺伝子が引き継がれているといいます。その、ネアンデルタール人とホモサピエンスの決定的な違いは、「存在しないものを、あるかのように扱う能力」言い換えるなら「想像力」を発揮して、家族以上の単位の集団が共通の目的にむかって協力することができた、ということ。

 

 ホモサピエンスの特徴は「存在しないものを、扱う能力」たとえば「お金」「会社」「未来」などなど。

 

 「社会規範」もその一つかもしれません。

 

 違いを認める社会、違うことに価値がある社会、ダイバーシティ、インクルーシヴな地域など、いろいろな言い方がありますが、ここでいう「違い」とは、目に見えない、だからこそ意識化されにくい「規範」なのではないか、と思います。

 

 我々の仕事は、社会をインクルーシヴにすること。だとすれば、まずは自らの無意識な規範/価値観を相対化して、そこから自由になること、そして、互いに違っていてもそれぞれに優劣はないということを意識化して行くことではないか、と思います。

 

 

 すこし話はわかりますが、自分が趣味でしていることはほとんど、もともと狩猟採取生活を基本に進化してきたホモサピエンスの特徴のまんまであることに気がつきました。

 釣りに行く、山を散策する、バイクに乗ってどこか遠くに行ってかえってこない(現実には、渋々帰途につくのですが...)等々。

 

 現代の生活で失ったものを、無意識に取り戻そうとしているのかもしれません。

 

 

 

↓セシリアの近くにある、「石川丸山谷戸」。これからの季節は、ホタルを見に来る人でにぎわいます。

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「敬うこころ」(サービスセンターぱる  梅田 忍)

藤沢育成会では今年度、30周年を迎えさまざまな記念行事の準備を進めています。

 

30年前、私は高校生でした。先日実家に行った際に、この4月に高校に入学した息子が「お父さんの高校時代の写真が見たい」と言って古いアルバムを引っ張り出してきました。剣道の写真が出てきて懐かしい思いで父親と話しをしました。

私は剣道を小学1年生から大学1年まで続けていました。途中で、他のスポーツも興味がありましたが、父親も指導者として始めた為、辞められなかったことを覚えています。道場に入る際には、いつも、「敬」と書かれた旗が掲揚されていて深々と礼をして入ったものです。何年か前に自分が所属していた剣道クラブが「40周年を迎える記念大会があるから顔をだしなさい」と父親に唐突に誘われましたが結局、仕事の都合で行けませんでした。

 

剣道を通して学んだことは、礼儀です。"剣道は礼に始まり礼に終わる"と言われるように礼儀を非常に重んじる武道です。剣道は激しいものでちょっと間違えると暴力になってしまいます。これを未然に防ぐのが礼です。どんな人に対しても、敬い、尊び、理解の上にたって規則と秩序を守っていくことが正しい剣道として成り立つのだと厳しく教わりました。

 

また、道場の稽古中だけではなくどんなところでも、どのような場面でも他人をあなどったり、卑屈になったり、傲慢になったりしないように常々、言われていました。

 

剣道は対人技能であって相手から教わることも多くあります。敬う気持ちがないと技術も含めて成長できないものです。今の仕事でも、上司や同僚や後輩職員はもとより、関わるご利用者、ご家族からでも教わることが多くあると思います。ただ、相手を敬う気持ちがないと教えに気づけず成長できないと考えています。

 

関わる人たちに感謝の気持ちを礼として表しながら日々、仕事をしていこうとあらためて感じました。

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                                         ↑ 江の島から見た夕日

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                        ↑ 5/16ポニー乗馬会より 

毎年、協力頂いている財団法人ハーモニー様、共催でやって頂いている日大動物資源学科の皆様いつもありがとうございます。

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波多江式インディアン的福祉論!? ⑤】(サービスセンターぱる 波多江 努)

新年度が始まり、2か月目に入り、皆さんの周りの環境でも、ホッとひと段落といったところでしょうか。私が担当させていただく、この日記は、相も変わらずインディアンと福祉を扱っていきたいと思っていますので、今年度もよろしくお付き合いください。

 

さて、今年度1回目は、アメリカ北東部の森林部族だったソーク族のことわざです。

「私の前を歩くな、私が従うとは限らない。

私の後ろを歩くな、私が導くとは限らない。

私と共に歩け、私達は一つなのだから。」

カッコ良すぎます。シビレてしまいます。

 

共存に対する考え方ですね。誰かを従わせるでも、導くでもなく、共に歩んでいくという「パートナーシップ」。

また、この言葉の純度によって支援者としての質が分かれるような気がします。

 

私たちは誰かを支援し、学びを深めていく立場です。その中で、当事者との歩調を合わせて共に歩むという基本姿勢は多くの支援者にあると思います。

しかし、時として、従わせるような関わりをしていたり、導くことによって、支援者としての自己満足に陥ったりする可能性は少なくありません。

それを未然に防ぐためにも、この言葉を念頭に置いておきたいものですね。

「私が従うとは限らない、私が導くとは限らない、私たちは一つなのだから。」

そして、なにより重要なのは、これが当事者の声であるということ。

 

もしかしたら、時にはゴールに向かって進んでいなくても、回り道をしていたとしても、これまで歩んできた足跡がはっきりと見えているだけで、前に進める勇気が湧いてくることもあるかもしれません。

 

「(私の将来の夢)インディアンになる」にはもっとたくさんの歩みが必要ですね...(笑)

201805波多江課長ブログ写真.jpg

                      【画像:オルテガラグ】

          年に数回、ラグを買いにいつものお店に行くのが至福の時なのです。

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