日記

理事長日記

「居住の自由②」

 611日付の福祉新聞に「高齢者 障害者 支援付き住宅を認定 改正法成立、10万戸へ」と言う見出しで、改正住宅セーフティネット法が530日に成立したという記事が載っていました。試行は公布日から1年半以内。今回の改正は市町村が支援付きの住まいを認定することが柱になっており、施行後10年間で10万戸の認定を目標としているとの内容です。

 この、「支援付き住宅」と言う言葉にわれわれ福祉関係者は多大な関心を持って反応をしてしまうのですが、この法律の正式名称が「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」とあるようにこの支援には供給する側(賃貸人)への経済的な支援も含まれています。それは家賃低廉化補助や家賃債務保証料補助、改修費補助、改修費融資と言ったものですが、補助と支援と言う言葉が両方使われているので過剰な反応をしてしまうのでしょう。

 この法律には供給者側だけでなく、住宅確保に配慮が必要な方(要配慮者)の支援策もあり、その中には高齢者や子育て世代、低額所得者と共に障害者も含まれています。そして具体的に支援をおこなう居住支援法人は次のような業務をおこないます。

第四十二条 支援法人は、当該都道府県の区域内において、次に掲げる業務を行うものとする。

 登録事業者からの要請に基づき、登録住宅入居者の家賃債務の保証をすること。

 住宅確保要配慮者の賃貸住宅への円滑な入居の促進に関する情報の提供、相談その他の援助を行うこと。

 賃貸住宅に入居する住宅確保要配慮者の生活の安定及び向上に関する情報の提供、相談その他の援助を行うこと。

四 前三号に掲げる業務に附帯する業務を行うこと。

この条文を読むとやはり期待が膨らんできます。と言うのは、今回の改正をよく読むと、第四条第一項に、この基本方針を定めるものに「国土交通大臣」に加え「厚生労働大臣」を追記したこと、さらに同条第三項では、「この基本方針は障害者総合支援法の第八七条第一項に規定する基本指針との調和が保たれたものでなければならない」としているからです。

 どういう調和が保たれていくか。これをわれわれ障害福祉関係者が期待するようなものにしていくためには今後、相当な努力が必要とされるでしょう。

以上

2024.7.1 倉重達也

「居住の自由」

 一昨年の秋に障害者権利条約に対する国連障害者権利委員会の勧告が出てから国も業界団体もその問題の解消に本気に取組む姿勢が伺えます。令和6年度の報酬改定の内容もそうですし、関東地区知的障害者福祉協会が主催する研修会の開催要項を見てもそのことを強く感じます。

 国はすべての施設入所者に対して、地域生活の移行に関する意向を確認することを義務化しました。今は自由な契約に基づいて施設入所支援のサービスを受けているとはいえ、本人の意思が反映されているとは言えません。昨年暮れに入所施設の家族会でその話をした際には「本人だけでなく私たちも望んでいたわけではありません」と正直な意見が出たことを私たち事業者は真摯に受け止めなければいけないと思います。理念と現実の溝を埋める作業が私たち現場を預かる者の使命と言って良いでしょう。

 さて、意向を確認した後はどうなるのでしょう?その前にどういう意向が出てくるのかを考えると想像がつきません。

 自分自身に置き換えてみても、もう既に高齢者の部類に入った身にとっては、老人ホームに入るか、このまま在宅で最期を迎えるか問われたら悩み惑うばかりでしょう。

 また、居住の事を考えるには財政的なことを抜きには考えられません。今の障害年金の水準ではグループホームの生活は親の持ち出しか公的な補助がなければ無理です。在宅を望めば入浴や排せつなど様々な支援が必要になって来ます。ヘルパー不足は深刻な問題です。

 今は初めの一歩を踏み出したばかりなので理念先行になるのはやむを得ないとしてもこれから解決していかなければいけない問題が山ほどあります。

 一日でも早く入所施設の利用者が日本国民として同年齢の人と遜色ない暮らしができるように力を尽くしていきたいと思います。

以上

(参照)

憲法 第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

2024.6.1 倉重達也

「五月」

 「五月」は「風薫る五月」などと言われるように新緑を吹き渡る風が若葉の香りを運んで来るとても爽やかな季節です。

 また、五月を「さつき」と呼ぶのは早苗を植える頃の月「早月」から来ているとのことですので自然のリズムと人間の生業としてのリズムを結び合わせようと言う知恵も働いたのでしょう。

 しかし、近年は気候の大きな変動もあり、生活のリズムと自然の動きが合わなくなって来たように思います。今年の桜は開花予想が大幅に外れ例年よりかなり遅くなりました。ここまで予想が外れたことは今までにはなかったように思います。

 これを書いている、4月17日現在、湘南あおぞらの庭の桜は満開過ぎましたが、ピンクと若葉の緑をとてもきれいなコントラストで映し出しています。この時期にこんなに長く花房を残している桜は今まで見たことはありませんでした。

この自然の変化と人事との関連があるのかわかりませんが、今朝のニュースで退職代行サービスのことが話題になっていました。大田区にある会社を始めて2年目の退職代行サービス会社では、相談件数が増え続け、今月は415にまでに対応した件数が678件にも及び、そのうち新入社員の数は110人だったとのことです。退職代行サービスがあるということにびっくりしましたが、新年度が始まって半月ほどで新入社員の退職の話題がでることにはさらに驚いてしまいました。退職の理由は、事前に聞いていた業務内容や条件が違っていたという今までと同じような理由でした。

 

 「五月病」と言う言葉もあるように、五月と言えば爽やかな季節と言うイメージだけでなく、新年度が始まり新しい生活の緊張感も取れて体調を崩しやすい季節なので気をつけなさいと注意を促す言葉もあります。

 しかし、これもいずれは「四月病」となるのか、あるいは自然との結びつきが薄れて全く言われなくなってしまうのかのどちらかでしょう。

 こうした自然の変化は人間の一生よりはるかに長い周期で起こるので見過ごされがちですが、実は戦争や汚職などの人事よりもより注視していかなければいけないものなのかも知れません。

以上

「気概」

 「気概」を辞書で引くと、「困難に屈しない強い意志」とあります。

先日、今ではあまり聞かれなくなったこの言葉に、下記のような解釈をしている文章を見つけました。

 気概とは「尊厳を認めてほしいという切なる願いをあらわす人間の状態のこと」(フランシス・フクヤマ)

 困難な時だけでなく、自己の尊厳が貶められた時に発揮されるという意味でこの言葉の意味を考え直してみるといろいろな思いが湧き上がって来ます。

 なぜ、この解釈に惹かれたかというと、能登半島地震で被災した人々のためにボランティア活動をおこなっている方の姿を報道で見たからだと言うことに気づきました。こう言う人々は何に突き動かされて自ら進んで、決して楽とは言えない困難な行動をとるのだろうかと言う思いです。お金のためでないことは確かです。感謝の言葉が欲しいためでもないでしょう。

 さらには国際的には国境のない医師団や国際NGOの活動などで自分の命をも顧みないで活動をしている人々を見ると、この人たちをこう言う行動に駆っているものは何なのか深く考えざるを得ませんでした。

 こう言う行動を意味する言葉として思いつくのに「高邁な精神」というのがあります。ただ、多分翻訳語なのでしょう、古くからある日本の言葉ではないような気がします。古くから使われてきた日本語としては慈悲や奉仕がそうなのかも知れません。

 こうした「自己の尊厳」ではなく「他人の尊厳」のために果敢に行動を起こす人々を表現するのには現代に通じる何か良い日本語の表現はないものでしょうか。

以上

「福祉の仕事」

 職員から聞いた話ですが、横浜市では「障害福祉魅力発見パンフレット」を作成し、「障害福祉人材プロモーションムービー」を横浜市営地下鉄の液晶パネルで流しているそうです。

 以前から、特に津久井やまゆり園事件以来、障害者に関するニュースで虐待事件や、不正請求などが取り上げられることが目立って多くなり、これでは福祉の仕事に進みたいと思う人はいないだろうなと危機感を抱いていました。このことについては同じことを思っている人も多かったと見えて、良い取り組みをしているのに悪いことしか報道されないなどとぼやいている声を良く聴きました。

そんな時、市営地下鉄で流されていると言うプロモーションムービーを見て、驚きと共に心地よい気分が静かに流れていくのを感じました。何か失っていたものを見つけた感じです。

横浜市のホームページを見ると障害施策推進課が担当していて、「障害福祉の仕事の魅力をお伝えします!(パンフレット・PR動画)」と銘打ってパンフレットと共にいくつかのプロモーションムービーが掲載されています。さらにページを遡るとどうも横浜デジタル専門学校生がこのプロモーションムービーを作成したようです。画面の構成も一緒に流れる音楽も軽快でこんな仕事をやってみたいと思わせるものでした。

横浜市の担当の方に問い合わせると市営地下鉄だけでなく市営バスやそごう横浜でも放映しているとのことでした。

行政が市のホームページで障害者施設での採用活動を広報し、さらにまた市営地下鉄の画面で流すと言うアイデアはどこから出てきたのでしょうか。それにしてもこれを制作し実行に移した人は素晴らしい仕事をしたと思います。そしてこれを許可した人の判断も英断だと思います。久しぶりに明るい未来を見た気がしました。

以上

 追伸 今は行政もJRやその他パブリックビューイングなどを使って様々な広報をおこなうのが主流になってきているようです。こちらの不明を恥じるばかりですが、あえてこれを知った時の感動をそのまま載せました。

「パニックコントロール」

 今年は元旦の能登半島地震、2日の羽田空港の航空機事故と大災害と大事故が重なりました。

能登半島地震は未だに被災者支援が続いていて復興まで長い道のりが残されています。また、航空機事故ではJALの乗客・乗務員は全員避難できたものの海上保安庁の職員5名が亡くなると言う痛ましい事故でした。

 

 以前から、災害時などにおける日本人の冷静な対応には海外から驚きと共に賞賛の声が上がっていました。

 これについては国民性を言う人がいます。JALの事故の際に客室乗務員が乗客を落ち着かせる訓練を行っていたと言うこともありますが、乗客の方で訓練を経験した人はいなかったと思いますし、当然、当事者は事態の深刻さにパニック状態に陥った人が大半だったと思います。死を覚悟したと言っていた人もいました。しかし、乗務員の指示に従い無事全員脱出することが出来たと言うその事実を見ると日頃からそう言う冷静さを保つ習慣があったのではないかと思います。

 少し、極論を言えば、日本の文化そのものがパニックコントロールを目指していたと言えるかも知れません。

外国の思想家で、確かイヴァン・イリイチだったと思いますが、「平和」を意識するのに先ず言葉の使い方から問いかけているのを読んでびっくりしたことがあります。例えば「戦略」は「戦う」と言う語彙が入っているので使わないなどでしたが、私も「戦略」と言う言葉が日本で盛んに言われだした頃に違和感があったことを思い出してしまいました。

そんなことから「やまとことば」そのものが、和を尊び、いかなる事態が生じようと動じない心を目指していたのではないかと思うようになりました。和楽は抑揚の少ない節回しだし、歌会始の歌い様もまた平板でつまらないし、そして母音ばかりの日本語も退屈と感じていたものが、すべてその底にはパニックコントロールの意図があったのではないかと想像の翼が羽ばたくばかりです。

以上