日記

「鋏状格差」

 高名な精神科医である中井久夫さんは阪神淡路大震災で被災者の心のケアをおこなったことでも知られています。「鋏条格差」と言う言葉はその中井久夫さんの本を読んでいるときに知った言葉で、大災害が起こった際にそれとともに元気になって活躍する人と、逆に頭を抱えて家から出てこられなくなる人とが「広げたハサミ」のように格差が大きくなってくることを意味しているようです。

 こうした事実よりも、この事が何故起こるのか、そしてそれがどう言う意味を持っているのかが中井久夫さんの論じていることでした。

 先ず、その差が出る最初の瞬間は紙一重とのこと。沈む船で自分のライフジャケットを友人に与えて自分は沈んでいく。これを与えない人との差はその瞬間の直前までは紙一重ではないかと言うのです。

 そして、「ある程度進むと、過活動が注目されるが、これに対してテコでも動かない人がいる。どちらが長期的予後が良いかと言えば、実は動かなくなった人の方が生命的生物学的には自然であり長期予後は良いとのこと。これは冷厳な事実である。」と精神科医の目で記しています。

 さらに続けて、「個体保存の論理からいうと、ある程度限度を超えた心身の外傷に対しては、頭を抱えて過ぎ去るのを待ち、栄養を貯え、体力を貯える人が生物学的に順当であり、なけなしの力を奮って走り回り、人の領域まで立ち入って働くというのは社会的には順当であるが生物学的には不順等である。長期的には淘汰されるかもしれない。しかし活躍の方が目立ったことは事実である。」と人類史にまで及ぶ視点で阪神淡路大震災を振り返っています。

 私自身がまだ咀嚼できていないので引用が長くなりましたが、医学を学んだ人の立場からと少年期の戦争体験(中井久夫さんは1934年生まれ)と阪神淡路大震災の体験などが絡み合って、思いもよらぬ危機的な状況に遭遇した時に短絡的な結論をつけたがる傾向に対して警鐘を鳴らしているように思えます。

 能登半島地震から7か月経った現状を考えてみるとあらためて深く考えさせられる問題でした。

 興味がある人は、ちくま学芸文庫「隣の病い」所収「災害と病」292ページを読んでください。 

以上

2024.8.1 理事長 倉重達也