日記

施設長・課長日記

『子育て、思い通りになるのは〇〇だけ』(サービスセンターぱる / 課長 高橋 宏明)

サービスセンターぱる

6月に第二子となる次女が誕生した。

日々の子育ての中で、忘れないようにしている言葉がある。

それは5年前、第一子誕生を報告した際、ある上司からの一言。

「子育て、思い通りになるのは名前だけ」

この言葉を聞いた当時は、実感が湧かなかった。

しかし、少しずつ、この言葉の意味がわかってきたように思う。

子育てをしていると

なにを言っても「嫌だ」と怒る時期があるし、

誘ったトイレを拒否して、5分後に漏らすこともある。

食べてほしい野菜も口から出すし、

好きだったトマトも突然食べなくなることもある。

昼寝をせず、夕方眠くて理不尽に怒り、泣くこともある。

「眠くなって泣くのなら昼寝すればいいのに」と何度思ったことか。

習い事は、ピアノと水泳を勧めたが、新体操がしたいとのことで入会。

挙げればきりがないが、思い通りになるのは本当に名前だけ。

小さな子どもにも意思があり、親の思い通りならない事は当たり前。

そして、思い通りにしていいのは名前だけなのかもしれない。

そう思っていると、だいぶ気持ちが楽になる。

これからもこの言葉を忘れずに、1人の人間として尊重しながら子育てをしていきたい。

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△写真はカメラにハマっている長女

『またいつか。ではなく』 (サービスセンターぱる・湘南ジョイフル / 課長 大澤 健二)

サービスセンターぱる
湘南ジョイフル

朝晩と寒い季節となりました。体調管理にはくれぐれも気を付けてください。

さて、新型コロナウイルス感染症対策もだいぶ変わり、今では「全国旅行支援」という、景気回復に向けた取組みが1011日から始まりました。このサービスは、どうやらGoToトラベルと異なるらしい。

ニュースでは、旅館や空港の映像と観光客がこの支援を受け「かなりお得ですね」と喜ぶ様子が流れ、「北海道また行きたいな~」と思う私。

新千歳空港から車で函館、定山渓、小樽、札幌と巡り、富良野へ出る行程は長距離の移動で疲れはしたが、豊かな時間を過ごしたのを今も鮮明に覚えている。

ドラマ「北の国から」が大好きな私は、北海道にとても興味があった。

初めて訪れたのは秋で、翌年は初夏に。旅行会社の知り合いを通して、かなり値引いてもらった。

富良野、布部、麓郷...。撮影地巡りの最後に、田中邦衛さん演じる黒板五郎の帽子がどうしても手に入れたく立ち寄ったのが、富良野にあった北の国から資料館。

その時に買った初代の帽子は、昨年まで愛用。写真の帽子は、黒板五郎がかぶっていたレプリカで、今秋から二代目となる。

20221018 大澤 課長日記 文中写真 (002).jpg

今、資料館は無いものの、この全国旅行支援のニュースをきっかけに、またいつか北海道を訪れたいと思う気持ちを思い出した今日この頃。今度は道北か道東を訪れよう。

今までも何かしらの場面で、「またいつか」「そのうち」などの計画性のない事を考えていたが、しっかりと期日を決めて日々を送りたい。

またいつかではなく来年の初夏には行こう。7月がいい。

『父権主義からの脱却を・・・』( サービスセンターぱる・湘南ジョイフル / 副所長 宗像 喜孝 )

サービスセンターぱる
湘南ジョイフル

ここ数年大好きな秋が短くなっているようで、残念に感じることが多い。数十年後には、四季を感じることができる日本人が少なくなっているかもしれない。息子や娘が一緒に外出をしてくれる今のうちに、子どもたちに日本の四季の良さを伝えていきたいと思う。

さて、920日発刊の福祉新聞にて、『国連の障害者権利委員会が日本に対する初の勧告として、障害児・者の施設収容廃止(脱施設化)を求め、地域で他の人と対等に生活するための支援に予算配分を求めた』という記事があった。見出しには「父権主義からの脱却を・・・」とある。勧告の中では『「グループホームを含む特定の生活様式に住むことを義務付けられないように」と念を押した』とも書いてあった。父権主義とは、パターナリズムの日本語訳として用いられ、意味としては、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。福祉に携わっている人でさえ、「父権主義」の活字だけ見て、パターナリズムの意味と解釈するのは難しいのではないか。あらためて、異国の概念を日本語訳することの難しさを感じる。

記事の中では、国連の障害者権利委員会は、グループホームを脱施設化の対象施設として認識しているのが分かる。直近の津久井やまゆり園の再整備の動きや今の日本の福祉サービスの制度設計をみると、日本は上記の世界基準とは程遠いと感じることが多い。今年度、法人の3つの重点項目の中の1つの取り組みとして「日常を"社会的スケール"で見つめ直す」をテーマに取り組んでいる。個人的には、"社会的スケール"とはもちろん日本国内の概念だけではなく、世界的なスケールとも密接に関連していると捉えている。こういった機会を捉えて、世界の福祉の動向を注視することも大切であると感じる。

以前の日記にも書いたことがあったが、藤沢育成会への就職が決まり、入所施設に配属されたことを当時の大学のゼミの恩師に伝えた際、「今後、日本の入所施設は解体されるから、貴重な経験だと思って頑張りなさい」と背中を押してくれたことを思い出す。

(写真)3年ぶりの家族旅行で、栃木県の東武ワールドスクウェアへ。学生の頃のように、いつの日かまた本物のサグラダファミリアを見にスペインへ行きたい・・・。

波多江式インディアン的福祉論⑳ ~番外編:かけがえのない人~ ( サービスセンターぱる / 所長 波多江 努 )

サービスセンターぱる

私には心の師と仰ぐ利用者が3名おり、その1人から「生きること」を学ばせてもらった経験があります。

ひと昔前のことではありますが、師はある理由で脳が委縮し、自分でできることが徐々に減り、大半の場面で介助が必要となったのです。食事を摂取することも困難な状態となり、師の家族は当時の主治医から胃ろう造設を勧められたのです。造設しなければ、徐々に衰弱していくことは言うまでもありません。しかし、家族はそれを拒否したのです。

当時の私は、その判断に大きく動揺しましたが、受け止めざるを得ませんでした。変化していく本人の状態に合わせ、今できることを考え、家族と相談し、支援してきました。

数か月後、本人の生涯を振り返った家族の手記を頂戴する機会がありました。何度も通読することで、家族は師が生まれてから様々な現実を受け入れながら、師を心から愛しており、また師も家族を愛していたことが伝わってきました。(この手記は、今でも私にとって大切なバイブルとなっています。)

あの時の胃ろう造設の拒否は、家族が師に対し、最大の敬意を払いながら「これまで家族のために生きてくれてありがとう。あとはのんびり暮らそうね。」という想いを踏まえた上での判断だったのだと思います。

十数年たった今、私に同じようなことが起きています。

近親者が常時介護を必要とする状態となり、医師からは胃ろう造設を勧められ、拒否することは殺人行為と同じ。と行き過ぎとも思える話を受けました。

しかし、私たちが出した結論は、師の家族と同じです。

「あなたからの優しい気持ちは存分に感じてきました。ありがとう。あとは、のんびり暮らしていきましょう。」

そして、師とご家族の皆さん、かけがえのない経験をさせていただき、生きることを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。

「久しぶり」 (湘南セシリア・みらい社 / 課長 鈴木 保志)

みらい社
湘南セシリア

先日、研修を受講する為、小田急相模原に行った。電車に乗るのは久しぶりだと思いながら、念のため乗車口から離れ、周囲の動向を確認しながら乗車をする。相模大野で乗り換え小田急相模原へ、十数年ぶりに下車。以前の記憶とは異なり、美しい駅ビルや明るい雰囲気の街に驚く。

「気力」の充電   ( 湘南セシリア・みらい社 / 施設長 三嶌 悟 )

みらい社
湘南セシリア

4月に異動して、早や半年と月日の経過を感じます。

さて、2022年の夏は昨年以上に、新型コロナウィルス感染症の影響を受けました。猛威を振るったオミクロン株は、担当事業所や家庭にも及びました。

ある程度収束してきた8月末、これまでの緊張の糸がほつれたので、休暇を取り「気力」の充電を図ることにしました。家族との休みも合わなかったので、久しぶりの一人旅を決意!!どうせなら、自由気ままになかなか行けない場所をと、普段は海が中心のところ、今回は山を選びました。プチ湯治をしながら大自然の雄大さに圧倒され、気づいてみれば「気力」は自然と充電されていました。

先の見えないこのご時世、自己管理の大切さを感じた、2022年の夏でした。

(写真)群馬県と長野県の県境にあります