日記

施設長・課長日記

自分なりの「丁寧道」 ( よし介工芸館 ・ アートスペースわかくさ / 施設長 妹尾 貢 )

よし介工芸館

「かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、

かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれるのです。」

Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)」として市内で街づくりを進める、パナソニック株式会社(旧松下電器)創業者、松下幸之助さんの有名な言葉です。

われわれも今、かつてない困難に立ち向かっている真っ最中ですが、この経験が今後にいきるよう、現在の課題にひとつひとつ丁寧に取り組んでいきたいと思います。

丁寧といえば先日テレビで、かつお節づくり職人・瀬﨑祐介氏と書道家・武田双雲氏の対談番組を見ました。武田氏もアトリエが市内にあり、藤沢にゆかりの深いかたです。

その中で武田氏が、さまざまなことに感謝の気持ちを感じて生きるうち、それが高じて「丁寧道」を提唱するに至った、というようなことを話しているのを聞き、感銘を受けました。

武田氏の「丁寧道」の内容はまだよく知らないので、自分なりの解釈であり、氏の著書の内容とずれているかもしれませんが「日常のひとつ一つすべてのことを、当たり前と思わず、大切に丁寧に、感謝の気持ちを忘れずに接し、扱うこと」で日常が豊かになるということだと理解しました。

時代とともに、いろいろな場面で、スピード感と効率化が進んで、自分が置いてきぼりになりそうですが、そうやって効率化した先に何があるのか?それで人生や生活が雑になっては意味がない。効率化されて生み出された時間で、日常をもっと丁寧に生きるのであれば、毎日の景色はもっと色彩豊かに感じられるのかもしれません。

この困難を乗り越えた先を想像しながら、ひとつ一つ丁寧にやっていきたい、そう思いました。

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「春よこい」 ( 湘南セシリア・みらい社 / 施設長 石塚 和美 )

みらい社
湘南あおぞら

2月に入り、メジロの姿を見かけるようになりました。夕方も少しずつ日が長くなってきていることを感じます。

 年明け、10年ぶりに母が我が家にやってきた。1週間滞在。

家の環境は昔のまま。遅ればせながらの大掃除で急きょ環境設定。風呂の脱衣場に温風ヒーター、洗面所・ベットの足元にマット設置、リビングにホカホカカーペット準備。段差の確認。

10年の間に家のまわりの環境がだいぶ変わった。店が変わり家並みが変わった。

私が休みの日に一緒に近隣の散歩。子どもが小さいときはよく手伝いに来てくれていたので顔見知りのご近所さんもいて安心だけれど環境の変化はなかなか難しい。

ウイークデイ、私が仕事の日、母はひたすら家事。食器棚、冷蔵庫内の整理、風呂場、リビングの清掃。帰宅するたび、家の中がきれいになっていく。以心伝心。ここをきれいにしたいという思いは母にはしっかり伝わっていた。

今まで来られなかった分、今後も定期的に母に来てもらうことになった。今度来るときは一緒に桜の花の下を散歩したいと思う。

103歳で逝った祖母は、寝たきりになっても「気をつけて帰りなさい」と気遣ってくれた。

 仕事に追われ、自宅と仕事場の往復。母が来てくれ、どこかで誰かが見守ってくれていることを感じた時間でした。

 散歩道。蝋梅の香りがしている。春はそこまで来ている。春よこい♪早くこい♪

「研修の楽しみ」(相談支援プラザ / 施設長 伏見康一)

昨年中に研修を受講する機会が多くあった。更新研修が重なったためである。最近の研修は昼食事情が変わってきている。理由は「コロナ」。会場都合もあるのだろうが持ち込みだと「会場内飲食禁」や「別室で黙食」などが定番。かといって不慣れな土地の飲食店の混雑状況も及びもつかず、結局はコンビニで買って公園で食べる、というスタイルに落ち着いていた。

桜木町で受講していた時のこと。野毛山公園で昼食場所を探していた時「野毛山配水池」にたどり着いた。津久井湖から野毛山まで繋がる水路の到達点である。拙宅近隣では「さくらの散歩道」と名付けられている水道で、いつしか終点まで行ってみたいと思っていたが、まさかこのタイミングでたどり着けるとは思ってもいなかった。なんだか気持ちも晴れ晴れとした昼食となった。

嬉しいついでに、と勢い余ってしまったのか、昼食後野毛山近辺の散策へ出発。水路のほか歴史を感じさせる建物や風情ある坂道、階段など初めての土地をいろいろと思いめぐらしながら路地を歩いていた。日ノ出町駅あたりに着いた時、我に帰り今日の日課を再確認。「今日は研修です、しかも更新研修、遊んでいる場合ではありません。」自分自身に言い聞かせ、携帯アプリを起動させ地図を頼りに帰路に着く。

無事、休憩時間内に研修会場に到着し、午後の研修も問題なく受講した。ただ帰り道はずっと小走りであったがゆえ、座った途端噴き出す汗に内心、動揺していたということは言うまでもありません。

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「第54回 朝の来ない夜はない」 ( 湘南あおぞら・アポロ / 施設長  倉重 達也 )

アポロ
湘南あおぞら

 シェイクスピアの戯曲『マクベス』中に出て来るマルコムの台詞だそうです。新型コロナ感染症が収束しかけては繰り返し、それが5回も6回も蔓延してくると、いつ夜明けが来るのだろうと疑心暗鬼な気持ちになります。感染症そのものが周期を持つものかも知れませんが出口が見えかけては消えるというのは精神的な負担が大きくなるばかりです。

 

 今、これを書いている時も感染者数が過去の記録を更新したというニュースが流れています。これだけ長期間にわたって感染の不安やいろいろな制限によるストレスを抱え、さらにコロナ対策が重なって何倍も神経を使いながら、一体、皆さんどうやって仕事や学業に対して意欲を維持しているのでしょうか。

 魔法の言葉があったらいいと思いますが、魔法は解けてしまうのが常套ですからこれもあてになりません。

 冒頭の「朝の来ない夜はない」などは私も時々心の中で呟いて自分の気持ちを鼓舞してきましたが、「朝の来ない夜はなかったけど、コロナはなかなか終わらない」と思ってしまうと春先の雪のようにすぐに魔法が解けてしまいます。

そんな厳しい状況の中でも日々、悪戦苦闘しながら利用者の支援をしている我々福祉施設職員の姿を見ると感謝の思いとともにただただ頭が下がるばかりです。

一日も早く夜明けが来ることを願ってやみません。

以上

 (写真)17日 雪の日

富士山  ( 湘南ゆうき村 / 課長 高橋 羽苗 )

湘南ゆうき村

日本人は富士山が好きと言われますが、漏れず私も富士山でテンションが上がる一人。振り返ってみると「施設長・課長日記」にもたびたび写真が使われています。

数年前、東海道新幹線で「見慣れたわたしたちでもみたことがないほどきれいに富士山が見えています、ぜひご覧ください」という内容でアナウンスが流れました。

朝の早い時間の新幹線でアナウンスされるほどの富士山は本当にとってもきれいに見えたのを覚えています。

 

 富士山が世界文化遺産に登録されたのは「信仰の対象と芸術の源泉」として、万葉集の時代から大切にされてきたことが認められたとされています。昔は噴火から恐れられていた富士山が、信仰心や芸術の象徴として大切にされているのは、信仰や芸術の理解が乏しい私でも「やっぱり富士山だもんな」と単純に納得する一方で、富士山をみてテンションが上がったり、ほっと感じる気持ちが、時代や価値観が変わっても共通していることが不思議で魅力的だなと感じています。

この冬はご利用者様から、「今日は富士山がきれいだよ」とよく声がかかります。

すぐに一緒に見られないことも多いのですが、何気なく富士山をみると確かにきれいで、一緒に見ようと誘っていただいた「おすそ分け」の気持ちもとても温かく感じます。

先日、小さな「富士見坂」の看板を見つけました。

富士見坂は各地にありますが、現在はビルやマンションで見えないところも多いそうです。

住宅街の急な坂から、遠くに小さく見える富士山でしたが、やっぱり「日本一」を感じさせてくれました。

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「2022年の抱負」 ( サービスセンターぱる / 課長 鈴木 保志 )

サービスセンターぱる

新年あけましておめでとうございます。

さて、12月に受けた健康診断の結果が、新年早々に事業所に届き思わずため息をつく。私にとっては日々の生活における通信簿のようなものだ。苦手な科目がありいつも成績が悪い。いつものことだからと毎年放置をし、いざとなれば控えめにすればよい、そのくらいに考えていた。

しかしながら本当に「酒」が好きだ・・

健康診断での受診時、医師が昨年の検査結果に対し、悪化した場合の経過を事務的に説明していた。淡々と感情のこもっていない口調に何とも不安を覚える。

 考えてみると、休日の過ごし方や平日の帰宅後の余暇、あらゆる場面を「酒」に牛耳られている。この機会をプラスにとらえ、通院し考えを改めたいと思うきっかけとしたい。

10年程前にも同様に内科通院したことがあり「あなたのような人は100か0しかない。」と言われたことがある。100も0も嫌なので、今回は相談して折り合いがつけられる病院に行きたいと思う。そして、今年こそお酒と上手く付き合っていきたい。