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施設長・課長日記
「15年」(湘南セシリア・みらい社・湘南ジョイフル 施設長 三嶌悟)
梅雨ならではの蒸し暑さが続いています。
私はこの7月で、藤沢育成会に入職して15年となりました。この15年間、仕事やプライベートでも様々な変化がありましたが、多くの方に支えられながら、実りのある15年間だと思っています。
さて、15年前は2009年となりますが、「時事通信社が選ぶ10大ニュース(2009年)特集」で調べてみると、国内の主な出来事は「第45回衆院選で民主党が圧勝し政権交代」や「新型インフルエンザの感染拡大」、「裁判員裁判スタート」のトピックスがありました。 海外では、「新型インフルエンザによるWHOがパンデミック宣言」や「オバマ米大統領就任やノーベル平和賞受賞」、「米大リーグでイチロー選手や松井選手が活躍」がトピックスでした。国内や海外のトピックスを確認したとき、何となくこれまでの状況や今日の内容が似ている感じを受けました。
よく「歴史は繰り返す」とは言いますが、時代の変化が著しい中、「ラテラルシンキング」(水平思考=物事を多角的に考察し、新しく自由な発想を生み出す思考法)で、時代を見据えながら歩みたいと思います。
暑中見舞い申し上げます。みなさまお身体ご自愛ください。
*写真は、先日参加してきた結婚式の宴席です。初めての令和の結婚式を体感してきました。幸せをお裾分けです。
オムライス(湘南ゆうき村・法人事務局 課長 高橋宏明)
10年前、同僚に『伝え方が9割』という本をもらい驚いた。
もらう前日に同じ本を自分で購入していたからだ。
当時、書名に『人は〇〇が9割』などと書かれた『9割本』が流行っていた。
月並みな言葉ではあるが、伝え方は重要で大切だ。
しかし、捉え方は相手の状態によっても変わってくる。
先日、夕食が妻の故郷の郷土料理である「芋煮」でおいしかったので
「芋煮おいしいね」と伝えると妻は「ありがとう」と笑顔。
翌日の肉じゃがもおいしかった。
しかし、連日だと昨日の芋煮への信憑性が落ちると思い伝えずにグッと我慢。
その翌日はオムライス。
一口食べすぐに「このオムライスおいしいね」と伝えた。
すると思いもよらない一言が。
「・・昨日の肉じゃがはおいしくなかったの?」
後日聞いてみるとオムライスの日は、仕事がうまくいかなかったそうだ。
伝え方がどんなに良くても
(今回は芋煮で味をしめたことがばれていたのかもしれない)
相手の状態、状況によって受け取られ方は変わる。
どう伝えたかではなく、どう伝わったか・・
オムライスの日、どのような伝え方が良かったのかはいまだにわからない。
写真は横浜イングリッシュガーデンの紫陽花と娘
『感じ考えさせられ』(湘南だいち 課長 大澤 健二)
元日の夕方、能登半島を震源とした大きな地震があった事は誰もが記憶されているでしょう。まず、被災された方々、被災地域の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
私が施設長・課長日記の原稿を挙げたのはちょうどこの後だった。素直に、このタイミングで日記を書くのは心から嫌だな。と思った事を覚えている。
能登半島の災害からちょうど1カ月がたった2月、能登半島へ知り合いの人と共にボランティアとして入った。
高岡市から入り、氷見市を抜け七尾市の田鶴浜へ。田鶴浜での活動を終え、穴水を通り輪島市へ。半島を北上する中、各都道府県から派遣されている緊急車両や医療関係の車列、全壊、半壊した家屋は半島を北上するにつれ増えていった。
道路は上下にずれ亀裂もあり、至る場所で修復工事をしている。工事車両は岐阜や長野、新潟、京都と近隣県が多い。
輪島に入ると、全壊家屋が路地をふさいでいる場所も多く、来た道を戻る事を続けながら市内中心部へ向かう。正月を迎える装飾や掲示物が2月でもそのままで、非日常を感じた。
住民もほとんど見かけることはなく、復旧のために働く人の姿ばかりが目に入る。
街も人も、日常を失った景色だった。
大きな災害として、南海トラフを震源とした大地震が懸念される今、日常が非日常と変わった時、障がい福祉に従事する私たちは何ができるのであろうか。環境の変化に敏感な福祉サービスを利用する人たちへ、人・物・生活が非日常となった時、どれだけサポートができるのであろうか。そう感じ考えさせられた時間だった。
「パーフェクトデイズ」 (湘南ゆうき村、湘南だいち 施設長 妹尾 貢)
先日、鵠沼にある「シネコヤ」という映画館に「パーフェクトデイズ」という映画を見に行きました。
映画館の素敵な空間も相まって、「いやぁ、やっぱり映画って良いものですね」となってしまいました。
興味のある方は、見てほしいです(以下、少し内容に触れるので、まだの人は、映画を見てから読んでください)。
主人公の平山は、音楽を聴くときはラジカセでカセットテープ(ほとんどが70年代以前の曲)読書は古本屋の文庫本、風呂は銭湯など、50年前でも同じにできたような、毎日を送っています。
そんなふうに、周囲の喧騒と距離を置くように暮らす平山が「人は、同じ世界に生きているようで、実は別々の世界に住んでいる」というようなことを言います。平山の日常にも、違う世界が交差するようなちょっとした出会いがあります。
そんな、ちょっとした人生の交差が、日々を豊かにしているのかもしれません。
違う者同士が出会って現れる日常の豊かさ、我々の仕事は、それを目指しているのではないか、映画を見た後に、そんなことを考えました。
以前は業界用語のような知名度だった「インクルージョン」という言葉も、最近はよく耳にするようになりました。
「インクルーシブな社会の在り方」とはなにか、自分なりに考えたのですが、
一番に思うのは、人の多様なあり方を尊重する社会であること。そのためには、同質的なものが集まろうとする力や、その集団が作ったルールをみなおして、多様な人たちが参加して作ったルールに置きかえていくことが必要だと思います。
ルールを作る人たちは、そのルールが知らず知らずのうちに多数派に有利に働く仕組みになってしまうことを自覚し、少数派のことをよくわかっておくこと、それ以外の人たちも、ルールを作る人が少数派を分かるために情報や意見を届けることがとても大切だと思いました。
そのためには、幼少期からいろんな人が一緒に育ち、普段出会わない人たちと出会い、知らなかった世界の日常を知ることがなにより大切だと思います。
時間はかかるかもしれませんが、じわじわと「インクルージョンふじさわ」を進めていきたいと思います。
(写真はゆうき村がある西俣野、花應院さん近くの隠れ紫陽花ポイントです。散歩がてら探してみてください。)
~学び舎~ (相談支援プラザ課長 一戸香織)
先日帰省した時に、小学校の生徒数が30人くらいになっていることを聞きました。私が通った頃は、200人以上の生徒数でした。その頃から40年以上が経ち、ずいぶんと人数が少なくなったことに驚きました。
私の小学校の思い出に町内1周マラソン大会があります。
走ることが苦手な私に「学校に行く前に、朝一緒に走ろうよ」と声をかけてくれた友達がいました。
あまり乗り気でない私に、頻回に声をかけてくれて家に迎えにきてくれました。少しずつやる気がでてきて、最後になりたくない、途中棄権をしたくないと言う思いが出てきて、毎朝一緒に走るようになりました。
マラソン大会当日は、途中何度も歩きたいと思いましたが、一緒に練習してくれた友達に申し訳ない、走ることを止められないと思い頑張り完走しました。
一緒に練習してくれた友達は1位でしたが、私は後ろから数えて3位でした。
走り切ったこと、一緒に練習した友達が喜んでくれたことは今でも鮮明に覚えています。
すでに、中学校は2024年3月末に閉鎖され近隣の中学校と合併されました。高校も昨年分校になり閉校となりました。私の思い出がたくさん残されている学び舎です。
買い物をするにも、病院へ行くにも車がないと生活ができない私の故郷は、
これからも高齢化と過疎化が進んでしまいそうです。
「凡事徹底」 (よし介工芸館・アートスペースわかくさ課長 石田友基)
年度の変わり目は、異動に伴う体制の変化や年度ごとの目標更新など、心機一転を感じることが多くあります。
それに合わせ、自分自身の働くスタイルについても、色々と試行錯誤したくなる時期でもあります。ここ最近、僕のトレンドは「凡事徹底(ぼんじてってい)」という四字熟語。
【何でもないような当たり前のことを徹底的に行うこと、または、当たり前のことを極めて、他の追随を許さないこと】を意味します。(出典:大辞林)
社会人として「時間を守る」「期限を守る」「整理整頓をする」「掃除をする」「あいさつをする」「感謝を伝える」等は、どれも当たり前なことで、誰もが意識していることですが、この【当たり前のこと】を【他の追随を許さないほど徹底的に行おう】と意識をして、取り組んでみても、自身の気持ちのゆとりの具合や忙しさ、甘えなどにより、その精度は安定せず、未熟さを痛感しました。
4月からを振り返ってみて、自分にとっては、意識をするだけでは限界があり、「徹底」するための仕組みや工夫が必要なのだと理解し。
今年度が終わるまでに、試行錯誤を重ね、その仕組みや工夫を自身の働き方に定着させたいと思います。
写真はもうすぐ7歳になる、うちのうさぎです。
うさぎの7歳は人間の年齢にすると58歳になるそうです。これからも元気に、長生きしてほしいですね。