高校時代の悪友と(湘南ゆうき村・植村  裕)

先日、高校時代の友人たちと1泊で修善寺へ出かけた。50歳を越えてから仲の良かった7人の同級生のうち、2人が相次いで鬼籍に入った。いつでも会えると思っているうちに、瞬く間に数年が経ち、本当に会えなくなる日が来ることを思い知らされた。そして、残された()5人は亡くなった2人の墓参りで会う機会は増えたのだが、誰とはなしに年1回は1泊で集まらないか、という提案があり、今回で3回目の1泊旅行を迎えることになった。それぞれ千葉、東京、神奈川、静岡と住む場所が違うので、宿泊先は大体中間あたりの伊豆に落ち着く。いつもとくに観光をするわけでなく、温泉に入り、料理を食べ、飲んで語るといったパターンだ。いや、終始飲んでいるというのが正しいかもしれない。当日、昼前に私は茅ヶ崎駅から下りの東海道線に乗り、千葉・東京組と合流したのだが、すでに道中缶ビールが数本空き、下戸の私には缶コーヒーを用意してくれていた。三島駅で静岡から来た友人と落ち合い、韮山の反射炉の隣に地ビールの美味しい店があると聞き、地ビールと焼肉を堪能した。宿に向う途中、酒屋で焼酎、ワイン、ビール、お茶、酒のつまみ等を仕入れ、宿に到着した。温泉で汗を流し「夕食はご馳走だから飲んではいけない。」と言いつつも冷たいビールとワインが空いていて、夕食では「和食にはやはり日本酒だ。」と熱燗を注文する。部屋に戻ると焼酎のお茶割りで、高校時代の話に花が咲き、午前3時近くまで宴会は続いた。彼らの鯨飲ぶりには毎度驚かされるのであるが、その上煙草も吸うので、そろそろ体のことも考えて欲しいと願う。

高校を卒業してから40年近く過ぎ、それぞれ頭は薄くなり、白髪も増えてきた。そして家庭でも、職場でも背負わなければならない事柄も多い年代となった。しかし、こうして彼らと一緒に過ごしていると、あの頃と変わらない自分や仲間が居ることに気づく。私たちの外見はすっかり変わり、様々な人生経験を経てきたが、ここに17、8歳の頃の自分たちを発見し、共感することで、ほっと安心するような、何かとてもうれしい気持ちになるのだ。

翌日、駅のプラットホームで「また来年も5人揃って会おうな。」と約束し、また、それぞれの生活に戻るべく家路についた。

狩野川.JPGのサムネール画像

▲狩野川の清流

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