青い鳥を探して(15) (事務局・増田 達也)
 

K213_CG_078 (3).JPGのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像5月に次女が結婚しました。

1月に彼氏が挨拶に来てくれた時、緊張しているように見受けられたことと、私は面倒くさいのや格式ばったことが嫌いなため、こちらから「結婚だったらOKです」と先に言ってしまったのですが、後日友人にこの話しをしたら、友人のお兄さんは、「一生懸命挨拶の言葉を考えてきたのだから・・・」と、彼氏が言い出すまで待ったと聞き、自分の浅はかさを感じました。

  また、30数年前、義父に結婚の挨拶に行った時、「こんな娘でよかったら、どうぞ」と言われ、私も逆の立場になった時は同じことを言おう・・・とずっと思っていたのですが、言えませんでした。親の前では我ままで言うことは聞かないものの、親以外の人には礼を尽くし、友人を大切にし、障がい者の叔母(女房の妹、私の妹)にも優しく接してくれているので、「こんな娘・・・」とは思えなかったためですが、今にして思えば、義父は、謙遜ではなく、女房のことを本気で「こんな娘・・・」と思っておられたのかな~?!と思いました。

 

 

IMG_0099.jpgのサムネール画像

次女はいつもニコニコした天真爛漫な子で、周りを楽しませてくれました。

3歳の頃、プールに行った時のことです。いつも行く屋内プールが休みのため、別の屋外プールに行ったのですが、真夏なのに利用者は我々親子だけという程のあまりの寒さのため、10分で早々に引き上げました。しかし娘は「あ~、楽しかった」と何度も何度も天を見上げてつぶやき、聞いていた監視員の方同士の「こんなに喜んでくれて嬉しいね・・・」という優しい囁きが聞こえてきて、「感謝の気持ちは、周りの人にも安らぎを与えるものだ」と娘から教えられました。「たった10分・・・」「寒い・・・」と文句を言うどころか、娘はどんな状況の中でも「幸せを感じる力」を持っていたのだと思います。

 

あれから四半世紀、そんな可愛かった娘も、「幸せを感じる力」は減ってしまい、女房と、「あの可愛さは、どこにいってしもたんやろなあ~。一日でええから、あの可愛かった日に戻れへんかな~?」と話すのですが、幼い頃の娘は、「幸せを感じる力」、監視員の方に「こんなに喜んでくれて嬉しいね・・・」と言わしめる「幸せをお裾分けする力」を持っていたのだと思います。

 

でも式では、久しぶりに終始満面の笑みの娘を見ることが出来、私は「もう思い残すことはない」くらい、人生で最高の幸せな気分になりました。素敵なパートナーに巡り合い、これからまた、周りの人に喜びや幸せをお裾分けしてくれると思いますし、幸せがペイフォワードされていくことを願っています。

 

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