高血圧騒動(サービスセンターぱる・小林博)

液晶画面のデジタル文字が忙しなく動き、数値を上げていく。120、130、140・・・え、そんな。150、160・・・そ、そんな、ば、ばかな。170、180。やっと、数字の動きがゆっくりになり、止まる。画面の上段に「185」、下段に「135」、世にも怖ろしい数値が表示された。

「185-135」

「こ、これ、やばいよ、小林さん。すぐ医者に行かなくちゃ」
私の手首の所で表示されている液晶画面を脇から見ていた同僚のTさんが、焦りまくった口調で叫んだ。

 

ただの座興のつもりでTさん宅の家庭血圧計を手首に巻いたのだった。Tさんとはこの4月から再び同僚になった。以前数年間、開設したばかりの湘南あおぞらで一緒に働いていたことがあり、お互いに4月からサービスセンターぱるに異動になった。久々の再会を祝して、会食をしようということになり、Tさんの自宅に招待された。それなら昔馴染みをみんな集めようと、私とTさんの新旧含めた気の置けない同僚たちが8人ほど一同に会して、ホームパーティを開くことになったのだった。

 

野菜を中心にした、Tさんの奥様のヘルシーな手料理に舌鼓を打ちながら、わいわいとよもやま話に花が咲いて1時間ほど経ったころ。
「立派なのがあるねえ」
台所に置いてある体重計を見て、仲間の一人が言った。
「体脂肪も計れて、健康年齢が表示される優れものだよ。小林さん、乗ってみる?」
Tさんの笑みを浮かべた誘いに乗って、健康診断をしてみることにした。
「体脂肪は22、まあまあいい数字だね。健康年齢は42歳だって、すごいじゃない。それじゃ、今度は血圧ね」
Tさんが小型の家庭血圧計を手首に巻いてくれた。

 

そして、そして、まさかの
「185-135」

「うん、やばいよね。こんな数字初めてだよ。どうしよう、どうしよう」
血圧が高いのに血の気が引いて、なんてつまらない冗談を言っている場合ではない、Tさんに不安で泣きそうになって訴えた。騒ぎを聞きつけたほかの仲間も食事の手を止めて、こぞって「いつも健康な小林さんが」「高すぎるねえ」「即、病院に行かなくちゃ」と心配してくれる。毎年健康診断を受けているが、ほとんど異状が出たことはない。血圧も120-75くらいの値がずっと続いていて、他に取り柄もないが、健康優良児だけは自認していた。ただ、昨年11月の検診の時に、135-90という測定値が出て、問診でも医師から「少し血圧高いですね」と言われていた。このこともフラッシュバックのように記憶からよみがえり、頭の中がパニック状態になった。

 

心筋梗塞、脳溢血、脳梗塞、重篤な内臓疾患、末期癌、ぽっくり、寝たきり・・・病名やら不吉な言葉やらが頭の中をぐるぐる回り、心臓がドキドキし、血圧もさらにどんどん上がっていくような感じになって、もう食事どころではない。楽しそうなパーティの片隅を一人渋面で押し黙って過ごし、帰途についた。

 

翌日はどうしても外せない仕事が重なり、時限爆弾を抱えたような重苦しい気持ちで1日を過ごした。仕事帰りの夕刻、旧友たちの集まる会合の席に向かった。20年くらい前にカウンセリングの勉強会を数年間続けていた。そのときの仲間と再会する機会が3か月ほど前にあり、旧交復活で月に1回ペースでまた集まるようになっているのである。MSW(医療ソーシャルワーカー)やPSW(精神科ソーシャルワーカー)などとして現役ばりばりに働いている仲間たちが集まってくる。高血圧の状況を報告し、プロの仲間たちにアドバイスをもらって、それですぐ帰ろう。かいつまんで「血圧185-135」の話をすると、とにかくすぐに内科の専門医にかかるべし、と即決即断、集中砲火を浴びるように忠告を受けた。
「藤沢だったら、R先生がいい。明日、すぐにR先生のところに行きなさい。それで、今日はすぐに帰りなさい」
年下だが姉御として慕っているPSWのAさんにびしっと直言をもらい、仰せのとおりすぐに会合を辞して帰路についた。

 

帰り道、クリエイトに寄って家庭用の血圧計を買った。心配で心配で、自分で血圧を計らずにはいられなかったのである。実は、数週間前に職場の福利厚生サービスの一環で健康器具の購買受付があり、血圧計を頼んでいた。そろそろその血圧計が届くころにはなっているのである。それでも心配で心配で、今すぐにでも血圧を計るべしという強迫観念に打ち勝つことができなかった。頼んだ血圧計は手首式のだったので、違う種類にしよう。腕巻き式の本格的なのを5000円某かで買い求めたのだった。

 

家に帰り、焦りとためらいと恐れの混じった複雑な気持ちで、それでも大急ぎで血圧計を腕に巻き、デジタル数値が確定するのを待った。
「135-91」
少し高めだが、異常な数字ではない。ちょっと拍子抜けしたような安堵感を覚え、その日はすぐに寝た。翌日、Aさんに薦められたR内科に行こうとしたが、残念ながら休診日だった。職場に向かったが、咳と鼻水が出て風邪気味である。そう言えば、Aさん宅で異常血圧値が出たときあたりから、どうも喉がいがらっぽく風邪の気配があったような気がする。午後は、職場の会議がある日だったが、体調不良の報告をして早退した。

 

翌日、お休みをもらい、湘南台のR内科を受診した。R先生は想像していたよりはずっと若々しくて、私と同年代かちょっと年下かとお見受けした。椅子を勧めてくれる穏やかな口調にまずは、ほっと安心感が湧いた。R先生が、先ほど受付で渡した問診票を見ながら、更に穏やかな話し方で質問をしてくる。
 R先生「血圧が高いのが心配なんですね」
小林「はい、友達の家で計ったら、181-135もあって、こんなに血圧が上がったことは今までなかったものですから」
 R先生「その血圧計は、手首で計るタイプ?それとも腕で計るタイプですか?」
 小林「手首です」
 R先生「あ、そう。手首だと血圧は高く出るんですよ。計る場所が心臓から遠いほど高くなる。」
 小林「そうですか」
 R先生「場合によると30から40くら高くです事もありますよ」
 小林「そ、そうですか。心配なので自分で血圧計を買って計ってみたんです。あの、腕で計るタイプです。そしたら、135-91とか、そのくらいでした」
 R先生「そうですか。やっぱり、計り方があったかもしれないですね。特に自覚症状はありますか」
 小林「風邪気味で、咳と鼻水が少し」
 R先生「寝ていても咳は出ますか」
 小林「それはないです」
 R先生「それでは右手を出して。血圧、計りましょう」
 小林「はい、お願いします」
 R先生「えーと、128-89、問題ないですね」
 小林「はい」
 R先生「風邪の引き際で、一次的に血圧が上がったんでしょう。」
 小林「そうですね」
 R先生「せっかく血圧計を買ったんなら、血圧手帳をあげますから、これに付けてみてください。朝、血圧を計るのは排尿の後ね。」
 小林「はい」
 R先生「風邪の薬は出しますか」
 小林「いや、特に症状は治まっているので、結構です」
 R先生「そうだよね。」
 小林「あの、人間ドックなんかは受けた方がいいですか」
 R先生「一般検診は受けてるんですよね。それなら特にドックは大丈夫ですよ」
 小林「そうですね。ありがとうございました」

 

というワケで、ただの風邪なのであった。異常高血圧も多分、機械の不調か計り方の問題であったのであろう。 R先生は、結局、こちらの話しをじっくり聞いて、血圧を計っただけ。血液検査も尿検査もしない。薬も出さない。もう一度来いとも言わない。でも、すっかり安心して、高血圧の心配は吹き飛んでしまった。名医というのは、R先生のような人を指すのだろうとすっかりファンになってしまった。

 

 

翌週月曜日、職場に行くと事務のSさんが声をかけてきた。
「注文していた血圧計が届きましたよ」

こうして我が家には最新の血圧計が2台そろうことになった。腕巻式と手首式。こうなると、2台の性能を比べてみたくなる。どちらが高く出るのか、低くでるのか、それとも同じようなものなのか。R先生の手首式は高く出やすいという所見も検証してみたい。まず腕巻式で計り、次に手首式で計ってその数値を比較する。でも、これでは時間差が出るし、一度計ることで身体的精神的負荷がかかるので、2回目のほうが自然に高くなってしまう気がする。とすれば、2台同時に計るしかない。とすれば、右手に腕巻式、左手に手首式を巻いて、同時にスイッチを押して計り、その数値を比較するしかない。
ということで、下の写真のような結果と相成ったのでありました。
腕巻式「149-94」
手首式「145-101」
ちょっと高めだけど、もう気にしない、心配しない。皆様、お騒がせしました。

 

血圧.jpeg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数値.JPG

ページトップへ

過去のお知らせ

2014年7月
1 2 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31