青い鳥を探して(24) (事務局・増田 達也)

当法人の常勤A採用面接時には、作文を書いてもらっています。

下記は、Tさんの「障がい者と私の原体験」という題の作文で、ご本人の許可を得て一部をご紹介致します。

 

「・・・小学校3年の秋、引っ越したばかりで周囲に全くなじめなかった私に、同じく春に引っ越してきたばかりの転校生が声をかけてくれました。いつも笑顔で親しみやすい友人だと私は感じたのですが、周囲にとっては事情が違ったようで、残念ながら、からかいの対象とされていました。

彼には二つ年下のダウン症の妹がいました。体格に恵まれながら、非常に温厚な友人でしたが、妹を守るためには声を荒げ、場合によっては手を上げることもありました。悪童グループに囲まれ、心無い言葉を浴びせられる場面に遭遇したことがあります。力の限りに彼らを追い払った後、緊張がほぐれると共に、こみ上げる惜しさからか、涙を浮かべた彼の姿が、何の手助けも出来なかった自らの力不足・無念さと重なって、何十年に渡り、刺さったままのトゲの様に残っています。

そんな中で救いとなっているのが、彼の妹が取った行動です。一生懸命な兄の坊主頭に手を伸ばし、優しく撫でながら、言葉にならない声で精一杯励ましていた光景です。まだ子供だった私にも、兄の強さと優しさに守られ、信頼を寄せ安心して日々を過ごせているのだと理解できました。気持ちは、自ずと態度にあらわれます。強い想いは、言葉にならなくとも伝わるものです。私の原体験は、ここにあります・・・」

 

障がいは、障がいそのものの苦しみよりも、謂れのない差別・偏見・誹謗中傷による苦しみの方が大きいのではないかと思いますし、障がい者ご本人、ご家族は、上記の兄妹のようなつらい経験をされたことは、一度や二度ではないと思います。

私は妹が障がい者ですが、上記のような経験をしたことはありません。むしろ、非常にありがたいことに、周りの方々のご理解やお気遣いに支えられてきました。

 私が20歳の時、知的障がい児の入所施設に勤める先輩から、「妹さんを入所施設に預けてみないか」と言われたことがあります。先輩が妹を気遣って下さることはありがたかったのですが、「入所施設は閉鎖的だ」と思っていたので、即座にお断りしました。しかし、施設のことをよく知りもしないで「閉鎖的」と判断するのは先入観かもしれないと思い、実態を知りたくて、その施設に毎週1回、ボランティア(というより遊び)に行かせて頂き、その後、福祉を職業としました。福祉を選んだ理由は他にもありますが、他の職員のように、「障がい者の方々のお役に立ちたい」という純粋な理由、きっかけではありませんでした。

 

静岡の児童入所施設に就職して、まず感じたことは、出入りさせて頂いていた施設の利用者と違い、最重度の知的障がい児の方たちだったので、「こんなことも出来ないのか」「こんなことも分からないのか」という驚き・・・、そして、障がい者の一番身近にいながらそんなことを感じる自分こそが、一番差別しているのだという強烈な罪悪感と自己嫌悪・・・でした。その他感じることはいろいろありましたが、定年が間近になった現在まで、恥ずかしながら、「妹を入所させるべきだったのか?」という問いに対する答えは見つかっていません。

 

ただ言えることは、入所の是非云々以前に、障がい者問題は他人事・・・、とか、自分と異質なものは排除する・・・、という意識は払拭すべきだ、ということです。福祉従事者として、今の自分に出来ることは、入所施設で全てを完結させないために、どんどん社会に出て行くこと・・・、(生意気ですが)啓蒙すること・・・だと思っています。

 

上記の兄妹のようなつらい経験をされる方が無くなることを、心から願っています。

 

              ▼ユージン・スミス 「楽園へのあゆみ」

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