2012年04月02日
文化でまちづくり
先週山梨県に出張していてたまたま時間があったので南アルプス市の春仙美術館に立ち寄りました。ここは私が1985年に合併前の櫛形町で「アメニティタウン計画」というまちづくりの計画を創るお手伝いをしたことがきっかけで、できた美術館です。
アメニティとは、「心地よい」とか「快適」という意味で、アメニティタウンとは「住み心地の良いまち」といった意味です。
櫛形町は甲府盆地の北東、南アルプスのふもとの町で、武家の礼法である小笠原流発祥の地でもあります。今では小笠原流は礼儀作法の流派として一般には知られていますが、元は鎌倉時代に小笠原長清によってはじめられた弓術、馬術、礼法の流派です。その後兵法、煎茶道、茶道にも小笠原流を名乗るものが出てきましたが、明治期に入って小笠原流礼法という礼儀作法の流派が広まりました。
▼春仙美術館
このように文化的歴史があり、南アルプスという自然に恵まれたまちの魅力を生かしてまちづくりを進めようということで、当時の町長が熱心に取り組まれ、私はシンクタンクから派遣されたプロジェクトリーダーとして楽しく仕事をさせていただきました。
まちの魅力を発掘するために、地域にお邪魔して地元のことについてお話を伺っていると、伺ったお宅のいくつかに素晴らしい役者絵が飾ってあり、それは地元出身の画家・版画家の名取春仙という人の絵だということでした。調べてみると春仙は明治から昭和にかけて活躍した浮世絵師で、弱冠16歳のころから日本画家として活躍し、新聞連載の二葉亭四迷の小説『平凡』の挿絵を描いたことがきっかけで、新聞社に入社、夏目漱石の小説『虞美人草』や『三四郎』、『明暗』、『それから』をはじめ、長塚節、島崎藤村、田山花袋、泉鏡花など当時の著名な文人の挿絵や、雑誌の表紙を手掛けています。その後、雑誌に歌舞伎役者の似顔絵を描いたことがきっかけで、 当代の歌舞伎役者の顔の版画(大首絵)を中心に100種以上の版画を手掛け、近代の役者絵・浮世絵作家として知られるようになりました。
▼名取春仙と役者絵
前置きが長くなりましたが、アメニティタウン計画ではまちの魅力をみんなで探り、それをまちづくりに活かそうということで、計画に盛り込み、当時始まった「ふるさと創生事業」で国からの資金をもとに「春仙美術館」をつくったという次第です。
少し前に山梨県では県立美術館をつくり、ミレーの「落穂ひろい」の絵を高額で取得し、話題になっていましたが、春仙美術館は地元町民の所蔵する版画の寄付を募るなどして、金をかけずに質の高い美術館を目指し、スタート後は海外に流出した浮世絵や役者絵の「里帰り展」を企画するなど、大変いい活動をして、日本版画の関係者からは高い評価を受ける活動をしていました。名取春仙が取り上げられ、美術館までできたことがきっかけで、櫛形町では名取春仙の絵(ミレーの落穂ひろいをイメージさせる『収穫』という絵)をラベルとして使い、特産品のソルダムという果物を使ったワインやリキュールも生産されるようになりました。
考えてみれば小笠原流の発祥の地という文化の土壌の上に、地方の小さな町でも世界に通用する質の高い文化交流拠点を作ることができたわけで、成熟期を迎えた日本のあるべき姿の一例をまちづくり計画の中で実現できたと思います。神奈川県でも中核的な存在になりつつある藤沢市では、これからどんなまちづくりが進むのでしょうか?
▼ソルダムワイン春仙
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