東田直樹さん,美紀さんの講演に感銘と驚き

毎年4月初めの恒例行事として法人の全体研修が行われます。この日は朝9時から午前中は基調講演、午後は各事業所の発表があり、充実した学びの一日です。

 

今回の基調講演は東田直樹さんとお母さんの美紀さんでした。早めに控室に来られたお母さんにお目にかかってご挨拶させていただきました。お母さんと直樹さんは千葉に住んでおられるのですが、昨日は名古屋で講演をされて、今朝そのままこちらの研修会場に直行していただいたそうです。

 

直樹さんはこちらをちらりと見て後はそっぽを向いて、私が挨拶をしても反応なし。こんな直樹さんがどうやって講演するのかなと、ちょっと心配になると同時に興味津々でした。ところが時間になってお母さんと一緒に壇上に上がると、直樹さんは自作のパワーポイントを使って自分の言葉で講演をし始めたのです。ただしあらかじめ作った原稿を使うと、どうやら最初のキーワードを確認するや否やその部分の文章が一度にどっと浮かんでくるようで、テープレコーダーを早回しして聞いているような甲高い声で、猛烈なスピードで話すので、私には普通の会話の言葉としてはほとんど聞き取れません。でもスクリーンに映し出されるパワーポイントの文字のおかげで話の内容はよく解ります。

 

▼東田直樹さんと美紀さん
東田さん1.JPG

 

この講演を聞きながら、ふと疑問に思ったのは、「顔を合わせても挨拶さえできない人が、「「達成感」とか「自己否定」とか「自己肯定」などと言う、専門家でもなければ普段は使わないような、かなり難しい言葉を使って、こんなに的確な表現ができるのだろうか?」ということでした。自閉症の人は抽象概念は理解しにくいという先入観もあります。この場面だけでは、「原稿はお母さんが作っていて、直樹さんはそれをただ早口で読み上げているに違いない。」と思う人がいるかも知れません。後で食事の時、美紀さんはこのような中傷をする人が少なくなかったとおっしゃっていました。

 

しかし、直樹さんとの質疑応答の場面になって、これは完全な誤解だと確信しました。質疑応答になると、直樹さんはテーブルの上に置いた、PCのキーボードと同じ配列で手書きの文字を書いた紙を一枚使って、ポインティング法による、ちょっと変わった筆談をするのです。そのポインティングの様子は職員がカメラで撮り、スクリーンに映し出すのでよく解ります。直樹さんは「BO」と指で押さえると初めて「ぼ」と発音できるのです。つまり、彼は指で一つ一つのローマ字をポイントすることで初めて一字ずつ普通のトーンで発音ができるのです。

 

この方法で職員たちが問いかける複雑な質問にも、成功体験とか自己肯定などの難しい言葉も交えて答えることができるのです。直樹さんは質問される時、質問者の方をほとんど見ていません。むしろ質問の内容を聞いている時、私たちが普通にするように質問者の顔を注視することは、彼にとっては集中力を妨げる余計な刺激になってしまうようです。
直樹さんはこのやり方で質疑応答に対して的確に答えていただけます。
やり取りの一部を紹介しましょう。

・ 知的障がい者が困難だと私たちが思っているコミュニケーションの方法にについて
「大事なことは伝えたいという気持ちをわかってもらうことです」
「普通の人もどんな伝え方が良いのか人によって違うと思います」
・ 「自分を好きになった(自己肯定できた)きっかけは?」という質問に対して
「家族は僕を特別扱いすることなく、自然に受け止めてくれました。何かのきっかけと言うより日々の生活の積み重なりのなかで、自分を好きになる気持ちが育つものだと思います。」
直樹さんが話の中で強調していたのは障がい者を肯定的に見てほしいことでした。

 

▼質問に的確に答える東田直樹さん
東田さん質問.JPG

 

直樹さんに続いてお母さんの美紀さんがお話しされました。
美紀さんも最初はご自分の子供の事が理解できず、専門家に相談しても納得できるような説明や指導が無く、大変苦しまれたそうです。結局は自分で模索する中で抱っこ法など、直樹さんに合ったやり方に巡り合って色々なことがわかってきたそうです。そうした中で話しかけてもそっぽを向き、反応もしない子供が、実はお母さんやそのほかの人が話す事はよく解っていて、文字盤ポインティング表現法による発音を伴う筆談なら高度な会話ができることがわかってきたそうです。

 

つまりローマ字を最初に覚える時、アルファベットを押さえながら発音することは、直樹さんにとっては一般のの子供のように文字を覚えるプロセスではなく、既に直樹さんが持っているコンテンツの表現に必要な手段としてのポインティング法による筆談であることに気が付いたわけです。ここでも専門家に相談すると「筆談を練習するくらいなら、『はい』とか『いいえ』とか「おはようございます」という簡単な言葉が言えるようしなさい」などと言う助言をされたりして悩まれたようです。

 

そうしたやり取りの中でお母さんの方が説明に困るような難しい言葉まで聞かれるので、窮余の一策で直樹さんに電子辞書を与えたら、それを使ってますます表現力が豊かになったそうです。おそらく今の直樹さんの頭の中には電子辞書のコンテンツが丸ごと入っている状態なのではないでしょうか?講演の質疑応答で難しい言葉を交えて的確な応答ができたのは彼の頭の中の電子辞書が文字通りものを言っているわけです。文字盤ポインティング表現法を得て、直樹さんが美紀さんと話ができるようになって「僕はずっと、みんなみたいな良い子になりたかった」と言うメッセージを見て、美紀さんは親として胸がつぶれる思いだったそうです。

 

こうして直樹さんと話ができるようになり、彼の日常経験を詳らかに知ることになった美紀さんは逆に筆談で直樹さんの日々のつらい経験を知ることが苦痛になってきたため、直樹さんに気分転換のために物語や詩を書く事を勧めたら作家としての才能が開花し、12歳の時書いた童話がグリム童話賞の大賞を取るまでになったそうです。彼の作った童話は2004年、5年連続で大賞を取っています。

 

直樹さんは小学校の低学年では普通の小学校、それから中学校までは養護学校でしたが、中学校を卒業するころになって、直樹さんは高校に行きたいと言い始めたそうです。しかし当然のことながら、通常の知能テストなどでは直樹さんの内面のレベルを計ることはできないため、どの高校からも入学を断られ、通信制の定時制高校で学ばれたそうです。美紀さんのご主人は、どちらかと言うと普通の父親で仕事一筋、療育に関してはあまり関わらなかったそうですが、直樹君は父親の立場や役割をしっかり理解しているようです。

 

実際、ご主人が自分の気持ちを抑え、まずは家庭が経済的にも家族と言う形でもきちんと成り立つよう協力していなければ、美紀さんが直樹さんの事にこれだけエネルギーを注ぎ、実践することは困難だったかもしれません。美紀さんは、これまでの経験を通して、家族が楽しく暮らし、お互いに許しあうことが大切だと言っておられました。支援者に対しては、支援技術だけではなく、温かいまなざしをもって人間としての障がい者を受け入れることを心掛けて欲しいというコメントを付け加えておられました。

 

今回の講演は、法人以外の人にも知ってもらいたいようなすばらしい内容でしたが、とくに障害ある子供を持つ若いお母さんたちにもぜひ聞いてほしかった内容でした。私は、今回もこのようなすばらしい講演者を見つけて、講演会を実現してくれるような職員がいることを本当に誇らしく思いました。

 

午後は各事業所ごとに職員がテーマを決めて取り組んできたことの発表でしたが、この内容もいつもながら、皆さんが日常の中で工夫を凝らしながら支援のあり方を絶えず考えて取り組んでいる様子が伺える素晴らしい内容だったと思います。今年は研修終了後場所を変えての懇親会も参加者が多く、80人近い参加で大いに盛り上がりました。

 

講演を聞きそびれた方は、ぜひ書店で東田さんが書いた本を購入して読んでみていただきたいと思います。以下の本は全て㈱エスコアールで出版。
「あるがままに 自閉症です」 最新刊 
「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」(中学生の時の著作、2013年英訳本がアメリカ、イギリス、カナダで出版され、今年に入ってオランダ、ノルウェーなどでも翻訳本が出版され話題になっている。)
「続・自閉症の僕が飛び跳ねる理由」(高校生の時の著作、さらに成長した著者の姿)
「自閉症の僕が残してきた言葉たち」(中学校卒業を機にこれまでの著作をまとめたもの)
「自閉というぼくの世界」(小学校3年の時の作文が絵本になった、この年齢でこんなに深く考えているのかと驚かされる)

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