昔勤務した特別養護老人ホームでは、知的障害者施設が洗濯業務を受託していた。毎日8時前に仕事を始める軽度の知的障害があるAさんは誰もが認める働き者。Aさんは知的障害児施設で学んだと話す。70歳を過ぎ退職後は住んでいる施設の清掃を趣味で行っていた。Aさんの楽しみはグァム島旅行。"海外旅行に行ってきた!"と話す。"海外旅行"の響きは、この年齢の人には特別な"自分へのご褒美"だった。高度経済成長を遂げ、手が届きそうで届きにくい海外旅行...という意味があった。興味のない私は未経験だが、毎年ゴールデンウィークに多くの人が海外旅行に出かける。Aさんの海外旅行に"そんな時代になったのか..."と、"もっとやることない?..."のアンビバレントな感情がうごめいた。今年は2日休めば8連休、カレンダー通りでも5連休だから海外旅行も十分。しかし、一般的にカレンダー通りの勤務になりにくいのが社会福祉関係者。私的な外出に付き添うガイヘル、生活援助や夜間支援がある入所等、人が休む時に働く。若い人はデートもままならないのが実態。休日に働くのは結構気分が滅入る。それでも自分が選んだ仕事、こんなに意味のある仕事など役割に価値を見出せれば良いがいつも元気ではいられない。だから、目いっぱい働くゴールデンウィークは結構ブルー。それでも給料分は...と頑張れるのは状況を理解しなければ出来ない。
かつて、言語化できないダウン症の人が、この時期になると同じ畳の上で排尿をする動きがあった。普段は完全に自立している人が季節の病のように起こす行動。理解不能な行動はカンファレンスの結果、ゴールデンウィークの過し方がテーマになった。他の利用者と違って家族との接触が全くない状況の解消が課題になり、唯一の家族である父親に遠方から来ていただき、施設内で一晩過ごした。するとその行動は嘘のように消えた。彼は自分だけ迎えに来てくれる人がいないことを訴えていた...と判った。人間は一定のリズムで暮している。ベンク・ド・ニィリエ(『ノーマライゼーションの原理(現代書館)』)はノーマライゼーションの8原理の最初を①一日のノーマルなリズム、②一週間のノーマルなリズム、③一年間のノーマルなリズムとした。ゴールデンウィークは年間のリズムでは休息の時。正月に新たなスタートを切り、4月の新年度で拍車がかかり、5月に入ると"休息"の時間...が日本人のノーマルなリズム。それゆえ、多くの人たちが旅行、旅行。海外ともなれば"自分で自分へのご褒美!"。Aさんも"自分へのご褒美!"。全寮制の学校や入院中の病院、軍隊の集団生活、捕虜収容所、ひいては刑務所などの24時間体制でその場で暮らす施設を総じて"全制的施設"と言う(『はじめての社会福祉(相川書房、西尾祐吾著)』)。"全制的施設では思考停止に陥るなどの弊害をぬぐい去ることは出来ない"とあった。しかし、Aさんのように完全な状態ではないにしても工夫してノーマライズされる場合もありそうだ。だが、Aさんのように子どもの頃から施設生活になじんだ人は、全制的施設の弊害をどう理解しているか...。いや、暮らしやすい施設を選択したんだからリスクを取り除く努力をすれば良い...などと、またアンビバレントな感情がうごめく。だったら利用者は一人ひとりふさわしいゴールデンウィークを過ごしているのか...。利用者と共に施設職員はノーマライズされた生活をしているのか...。ゴールデンウィークの過し方は...と思い巡らす。だから"ノーマライズされた暮らし"とは何?...。"普通"って、何?と問う。
たとえば海外旅行を好まない人は、多数の人が海外旅行を経験してもそれだから自分が普通ではないとは思わない。だが、海外旅行は普通だと思っている人にとって、海外旅行すら行けない貧しい...となる。同じように"当り前..."を考える。私の当り前が貴方の当り前にはならないことはだれでも知っている。では"普通の暮し""当り前の暮し"はないのか...と思うが、やっぱり"普通の暮し""当り前の暮し"は厳然と存在する。"普通""当り前"は社会的基準値に照らし合わせて考えられ、個別化するために"幅"がある。その範囲で"個性"が受け入れられている。そして社会的基準値は、地域の文化、環境、経済状態等が"普通"="当り前"を作っているから、ノーマライゼーションの原理は"その地域における..."となっている。つまり、その地域では当り前であっても、諸外国、他の地域に行くと異なって見えてくる。一方で、社会の風土が"不幸"を作りだしている場合もある。たとえば、加賀乙彦の『不幸な国の幸福論(集英社新書)』では、日本人のマイナス思考などが不幸の元凶と示す。一方でベトナム難民として日本に定住し日本国籍を得、給付生で医師免許を取得した武永賢が書いた『日本人の知らない幸福(新潮新書)』には、絶対的な貧困、命が危ぶまれる壮絶な体験から、日本人には判らない幸せがあるとあった。どう考えても想像すらできない"幸福"は、その人の考え方によってもたらされる。一方、国王来日時に話題になったGNHの国を書いた『幸福王国ブータンの知恵(アスペクト、アスペクトブータン取材班)』には、自国文化を尊重した考え方が丁寧な取材で紹介されている。障害者施設では何を基準値に利用者さんの"幸福"を考えているか...。何を基準に"当り前の暮らし"を考えているか...。ノーマライゼーションの原理を準拠しているか...。利用者さんは当り前の暮らしをしているか...。(2015.5)
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