「アンパンマン」は世界の大ヒーロー。やなせたかしは、飢えに耐え忍ぶ軍人時代の経験から顔を差し出す勇気を考えたそうだが、これが残酷だから子どもに見せるのは良くないと連載が中止された。しかし、子どもからの支持が爆発しヒーローに。数年前、幼児教育専門の学生が「キャラクターに見るアンパンマンの正義」という卒論を書いた。それはやなせたかしの"正義"に対する考えが示されていた。注目はアンパンマンとバイキンマンの暮らしの"場"。アンパンマンは悪と戦った後、お父さんのようなジャムおじさんとお母さんのようなバタコさんのいる場に帰る。ところがバイキンマンは帰ると上下関係が厳しくストレスフルだから外で悪さをしてしまう...とあった。なるほど、人間は心の"居場所"がないと安定できない。だから現代の社会福祉は、"貨幣的ニード"ではなく"非貨幣的ニード"が重要だとつながった。
『はじめて出会う社会福祉(相川書房、西尾祐吾著)』では"非貨幣的ニード"について"社会的援助を受けている人が援助者との間に次のような感情を持てるような援助のあり方が望まれる時代になってきている。(P44)"。それは"①親密な感情:援助を受ける人が常に安定した感情と、心安らぐ居場所の感覚を得られる。②社会への統合:たとえ社会的援助を受けていても、社会から疎外されず、社会の一員である感情を持ち続けることができる。③人間的価値の確認:他者から援助を受けても、そのことによって人間的価値が損なわれない。そして社会的役割の減少もしくは消滅によって自己評価の低下を防止できる。(P44)"とあった。アンパンマンが顔を差し出して食べさせ悪と闘えるのは、このような"居場所"があり、"社会の一員"である自覚を持ち、主体性を持った行動で"自己評価の低下の防止"=自己肯定感を持ち続けることができるからだと考えた。
同じキャラクターに「ドラえもん」がある。興味深いことにアジア圏では子どもたちの大ヒーローだが、アメリカでは最近まで放送禁止だった。理由はただ一つ。のび太君が困った時にドラえもんの力を借りて問題解決に当たる姿は、子どもに依存性を教える結果になっているというのだ。是非はともかくとして、"依存性"の問題は、ヨーロッパ圏とアジア圏では捉え方が違うようで、日本は特に依存性の強い国民性。イギリスに住み日本社会を批評するマークス寿子が書いたのは『ふにゃふにゃになった日本人(草思社)』。子どもたちや学生達の世界を垣間見る身として、出来るだけその場を支配している"何か"に添うように考える傾向があると感じる時がある。本当は違うと思ってもその場の雰囲気が逆方向に向かっている時の発言は控える。しだいに悪さをする強い人の言いなりになって、その人の覚えめでたければ安泰...と考える。そうしないといじめられる可能性が高いと、何もかも穏便に取り繕う。そうなると、アンパンマンの正義などはどこかに飛んで行ってしまう。だから、子どもたちはストレスフルなバイキンマンと同じ居場所で暮しているのと変わらない。
"童話"の世界もとても興味深い。ノーマライゼーションの生みの親=バンク・ミケルセンと共に働いた千葉忠雄は『世界で一番幸福な国 デンマークの暮らし方(PHP新書)』で、アンデルセン童話を素材にデンマーク社会の考え方を著わした。"マッチ売りの少女"=こんな悲しい社会にしないように、"はだかの王様"=社会を視る目を養おう、"ナイチンゲール"=必要な時に、必要な量のケアを、"人魚姫"=約束を果たすことの重さ、などである。アンデルセンは世界的な童話作家。靴職人の子として生まれた人生は波乱万丈。貧しい暮らしから逃れ都会に出て歌手を志すが断念。続いて役者を目指したが目が出ることはなかった。食うために脚本を書き始め文筆の世界に。母・カーレンは極貧の子ども時代を過ごし食うために結婚。精神科病院で長い療養生活の後亡くなった。母をモチーフに『赤い靴』が生れた。貧しい女の子カーレンが、育ててくれたおばさんの恩を忘れて遊び呆け、罰が当たって足を切断する羽目に。しかし、それだけでは終わらずに改心したカーレンは教会の一室で亡くなる。アンデルセンには悲劇的な話がある。夢いっぱいの物語ばかりでないところが興味深い。子どもたちに何を伝えるべきかがそこから垣間見える。アンパンマンとドラえもんの違い...かもしれない。ドラえもんのように何もかもがハッピーエンドにはならないが、バイキンマンだって、ふさわしい環境で暮せば、それほどひどいことはしないでも良いのかもしれない。
私たちは、何をするためにこの"場"を職業としたのか...。それを当たり前に行うための"居場所"は穏やかか...。その仕事で"社会の一員"としての何かを持てているだろうか...。自らの暮らしの中で"自己肯定感"はあるだろうか...。人よりも優れているとか、誰かより劣っているとかではない価値を見出せるのがこの仕事の醍醐味だと思う。(2015.9)
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