かつて三田谷学園に昆虫を克明に書く少年がいた。写真と間違えるほどの精巧さだと聞いた。同時代、八幡学園には山下清がいた。ご存知の"裸の大将"は、切り絵画家として世界的な著名人になった。一方、少年は名もない少年として成長した。ここには三田谷学園と八幡学園の方針の違いがあった。三田谷学園は日常の生活を大事にし、昆虫の絵は趣味として続けさせたという。一方、八幡学園は好きなことを自由奔放にやるようにしたと聞いた。三田谷学園も八幡学園も知的障害児入所施設としては草創期から今日まで実践的取り組みをしてきた施設である。
山下清の様子は『日本ぶらりぶらり(ちくま文庫、山下清著)』に詳しいが、テレビドラマなどでもその奇行ぶりが面白おかしく紹介されていた。社会人としては課題が残るまま著名になり改善することなく人生を送った。本来、社会生活ができることを目標にした知的障害児施設での"支援"は十分ではなかったとなる。しかし、今日的な考え方をすれば、できることを生かし社会で暮す...、必要なだけ"合理的配慮"のもと社会生活ができれば良い...と考えるだろう。では、三田谷学園の少年は間違った"支援"を受けたのかと言えば、社会で暮すことを目標にした支援が基本だと考えれば間違いではない。
考えれば考えるほど答えが多様にある"支援"の難しさに直面する。そこで"自己決定支援"を中核に考えてみるが、"自己決定"を苦手とする知的障害者、"自己決定"のチャンスが非常に少なかった知的障害者に判断をゆだねるためには相当な配慮と困難がある。だから、どこかで誰かがその決定を誘導しかねないリスクがある。かつて"うちの子はクラシックしか聞きません!"と言った母親がいたが、その子がジャンルを超えて音楽を身体全体で表現し楽しむ姿を母親のいないところだけで見た。表現が苦手であるだけに、他の人が言語化した事実を根拠に、本人の意思とは異なった"自己決定"をしてしまうリスクがある。
少し専門的になるが『社会福祉学は知的障害者と向き合えたか(高菅出版、中野敏子著)』にある"日常"に着目したい。知的障害者福祉は"療育(治療と教育)"の呪縛から脱し"日常"を取り戻さなければならない。これまでの知的障害者福祉研究を克明に検討した著書には、知的障害者福祉は知的障害者の"日常"に向き合うことが本来の姿で、それが"支援"だという著者の"意"を読んだ。"日常"は人それぞれであり、何が"日常"であるかは幅広い考え方があるが、ここでは一般的な"社会規準"の日常。それがノーマライゼーション。時代が"個"を尊重する価値観を大切にするようになり、冒頭の少年や山下清の"支援"内容もそれぞれに価値があると考えられる。このような多様性が"支援"の難しさだと改めて思う。そんな先に"インクルージョン藤沢"が見える気がする。(2017.2)
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