"インクルージョンのあゆみ"

新年度の準備であわただしく年度末が過ぎた。今年は法人30周年を迎えるため一層気ぜわしかった。設立記念日は1122日。語呂合わせだが"いい 夫婦の日"。いかにも家族が設立した法人の誕生日だと思う。社会福祉法人誕生からさらに10年前、「星の村地域作業所」が出来た。当時神奈川県内に多くの作業所が創られたが、中でも星の村作業所は初期だった。さらに10年前、作業所を創る活動が始まっていた。これは家族が終結したエネルギーだった。一粒の種が寄り添い芽を出し、初めて実ったのが「星の村地域作業所」。法外事業だから設立も運営もほとんど公的支援がなく大変な苦労だったと思う。当時、地域作業所支援業務も担当していたが、多くの職員が無報酬の親だった。狭い場所なので利用者にいらぬ刺激が...とか、親子関係を捨てきれない支援におろおろしながら見守った。

 そこまでして地域作業所が県内にできた背景に昭和54年"養護学校義務化"がある。"普通"に暮らし"普通"に通学した親子は入所施設を選ばなかった。学校教育を地域で...は、インテグレーション(統合教育)と言われた。教育者の中には"障害児に何かをしてあげることで優しい気持ちが育つ"などと発言する人がいた。今でもこの言葉を思い出すと腹が立つ。何故なら、障害児の教育機会を求めたインテグレーションが、健常児(好きな言葉ではないがふさわしい言葉がない)の教材にされたと感じるから。障害児でも健常児でもなく、誰もが地域の学校生活を謳歌出来なければインテグレーションではない。

一番新しい法人内施設"湘南だいち"に児童発達支援センター"ぷれっじ"がある。その場を毎日利用する子どもが少ない。幼稚園や保育園等との並行利用で、曜日によって場を変えている。インテグレーションの頃は、障害児は環境に慣れにくいから場を変えるのは良くないと考えられていた。加えて、児童福祉法上の施設である保育園と障害児通園施設の併用はダブル措置(二重のサービス受給)となり違法だった。環境に慣れないのではなく、固定観念に縛られた融通の利かなさが透けて見える。今は"措置から契約へ"と大きく舵が切られ合法。インテグレーションを叫ばなければならない時代は去り、誰もが自分にふさわしい教育機会を選択できる環境が整ったそうだが、障害児は特別なメニューが必要だからと遠くまで通わなければならない実態は変わらない。

藤沢養護学校高等部に鎌倉分教室がある。県立鎌倉高校の敷地内にある分教室では、特別メニューを行いながら行事等は合同で、地域の人々と交流しながら教育が進められている。県教育委員会が"インクルーシブ教育"を掲げる象徴のようだ。地域社会に包み込まれる姿をインクルージョン(包摂化)という。当法人は"インクルージョン藤沢"を掲げている。活動を始めて半世紀、さらなる"インクルージョン藤沢"を目指して活動する再スタートの年を迎え、心引き締まる年度初めである。(2018.4

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