「法人設立30周年、活動を始めて半世紀!」

1122日(木)社会福祉法人藤沢育成会は30歳の誕生日だった。長きにわたって様々な方にお世話になった。歴史を語ると必ずリーダーの名前があるが、藤沢育成会では家族運動の中核的存在・西條節子さん、ご寄付いただいた黒崎義介さん以外は上らない。これが藤沢育成会の特徴。カリスマによる法人設立ではなく、1人ひとりが出来ることを一生懸命積み上げた証明だ。子どもの世話だけでも多忙な母親たちの活躍は目覚ましかった。社会福祉法人は倒産しないような制度設計だから原資を作り出すのは大変。母親たちの活躍が障害福祉を変える時、身近な父親、家族に伝播した。だから、法人の誕生日が1122日=いいふうふの日=良い夫婦の日となった事が偶然に思えない。法人認可を告げたのは3代目理事長故・西田信嗣氏(当時神奈川県障害福祉課長)というのも何かのご縁だろう。

 家族が"地域で暮したい!"を願いにスタートした法人で入所施設中心の事業展開はない。しかし、入所か在宅かの二者選択しかなかった当時、制度に添えば願いが叶う事業にならないことが次の苦渋。法人設立前の"作業所"は、神奈川県内各地域で発信した母親たちの当事者運動。その一つが「星の村共同作業所」。次に地域で暮す住居="生活ホーム"を作り、我が子が利用しない時に世話人=ボランティアとなった。これが"親亡き後"の始まり。更に自分の意志で出かけたい、暮らしたい...の願いから自由契約でヘルパー事業(現・ぱる)が始まった。戦後日本の制度策定時にこれまでの民間社会事業の先駆的活動が評価され、すべて公共事業としなかったと学んだ。硬直した制度運用だけではなく社会のニーズに敏感で将来を予見した法人の歩みを見るとこれぞ民間社会福祉法人だと思う。利用者や親の願いを敏感に感じられる環境がある育成会ならではの歴史である。

 半世紀を超えた家族の活動によりここまで育てていただきました。節目の年に今後いかに進めていくかが問われている。だから、これからの障害福祉を担う若者たちに多いに語ってもらいたい。初めて障害児入所施設で勤務した時、散歩途中に"うつるからあっち行け!"と小学生から"小石"を投げられた。投げた子どもを非難するのではなく、そのような社会で育っていく子どもたちの不幸を考えたい。"障害のある人"ではなく"支援を必要とする人"と考えるサービスを模索したい。これが家族の願いから始まった法人が目指す障害福祉サービス。育成会は当初からず~っと"インクルージョン藤沢"。それはまだ成就できていない。インクルージョン藤沢への道を歩み続ける決意の時となった法人設立30周年記念事業だった。3事業にご参加、ご出席いただいた皆様に深く感謝申し上げます。これからの(福)藤沢育成会を見守っていただけますようお願い申し上げます。(2018.12

  825日 「インクル・サマーフェスティバル」 会場 県立藤沢養護学校

利用者、家族、地域の方たちとのお祝いのイベント<参加者:800名>

  106日 「上野千鶴子氏講演会+トークショウ」 会場 県総合教育センター

     ご家族、関係者、一般市民の啓発事業としてチャリティ事業<参加者:400名>

  1120日 「法人設立30周年記念式典」 会場 藤沢市民会館

  行政、関係団体、ご家族等の皆様に感謝の集い<出席者:200名>

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