キーンさんが1958年に書き、1973年に改訂した「生きている日本(果てしなく美しい日本・講談社学術文庫所収)」の中に「日本にはプライバシーという言葉は存在しない」とある。
群衆を喜ぶ心理が、アメリカ人なら嫌がる都会の生活に日本の若者は惹きつけられるし、何よりも寂しさを忌み嫌う国民だという。本来、孤独を求めに行く山登りも蟻のように行列をなして繰り出すこともそうだし、上野公園のお花見などもそうであろう。先日のi-Phone発売に何百人も並ぶこともその例かもしれない。外だけでなく家の中も、キーンさんの言い方だとわざわざ見てくださいといわんばかりに向こうの部屋が透けて見える雪見障子を考え出したり、音が漏れる襖や欄間を作り出したりしたような印象を受けるらしい。
その他、内容が丸見えの葉書を皆が読みまわして、それについて大っぴらに論じ合い、積極的に個人的な生活に関心を示す。お風呂も何百人も入れるような大浴場を作って自慢する。また、個人的な質問に答えたがらなければそれだけで嘘をついていると疑われても仕方がないというお国柄だとまで言っている。よっぽど、嫌な思いをしたことがあるのだろうと勘ぐってしまうが、これもよく考えてみれば今でも無意識的に私たちがしていることなのである。いわく、お歳は?どこの出身?学校はどちら?お子さんは何人?それとなく相手がどういう素性の人か探りを入れている。そして確かに聞かれたからと言って腹を立てる日本人は少ない。日本は階層社会というが、どこの階層に属しているのか、それによって気を許せる相手かどうか注意深く観察をしているのである。そしてそれが日本独自のコミュニティを形成して来た。
戦後、欧米に行った日本人は公園のベンチに一人寂しく座っている年寄りを見て、日本は家族が支えあっているから良いと思って帰ってきたそうだ。西洋化によってプライバシーという考えが導入され、個人主義が広まってきたように見えるが、まだまだ根づいているとは言い難い。もう昔に戻ることはできないが、できないのであればプライバシーという言葉がなかった日本はどういう日本だったのか。あるいは何故プライバシーが存在しなかったのか?また、キーンさんが不思議がっているように何故プライバシーを消そうというような仕組みを社会が作ろうとして来たのかを考えた上であらためてプライバシーについて考えて見たらどうだろう。ひょっとしたら、和洋折衷という日本人得意の適度に「公」と「私」が融合した第三の道が見つかるかもしれない。
日本人は「ナチスの迫害に耐えてきたユダヤ人がその害が自分の肉親にまで及ばないように家族といえども決して秘密を明かさなかった」というような孤独に耐えられるのだろうか。
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