加藤周一を読み返していたら、E.Mフォースタ(E.M.Forster)を評した箇所で、フォースタが1941年という戦時下の厳しい状況の中、政治とか文明とか公的な問題に関して「愛」の原理を持ち出すのは見当違いだと強調し、その代わりに「寛容を」を説いていた、という文章をみつけた。
フォースタが言うには「愛は私的な生活においては大きな力である。すべてのもののなかで最も偉大ですらあるだろう。しかし、公的な事柄については役に立たない。・・・国と国、または商売人と商売人、またポルトガルの人間とペルーの人間が、お互いに聞いたこともない相手を愛し合わなければならないという思想は、不合理で、非現実的で、危険でもある。そういう思想はわれわれを漠然とした感傷主義の危険にみちびく。」
また、「実際にわれわれが愛することができるのは、個人的に知っている相手だけである。ところがあまり多勢の人間を個人的に知ることはできない。公的な事柄、たとえば文明の再建というようなことには、愛ほど劇的でも感動的でもない何ものか、すなわち寛容が、必要である。」
加藤周一はこの考えに基本的に賛意を示しながらも、愛と寛容の一種の二元論も様々な矛盾と疑問を呈するだろうという。
しかし、私はこの考えがかなり気にいった。 我々は、人生において世界を解く鍵を手に入れたいと思うし、一瞬、手に入れたと思うこともある。「愛」はその最たるものだろうが、それもまた、すぐに手の平からこぼれ落ちてしまう。それだけでは解決できない何かが残る。それを補完するのがフォースタの二元論の考えであろう。また、愛の諸相をアガペーやエロス、フィリアなど何千年にも渡って考えてきた歴史もそのことを示している。
日々、羽ばたいていないと落っこちてしまうのが、我々人間の宿命なのかも知れない。
以上
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