職場の皆様には、大変ご迷惑をおかけしたにも関わらず、格段のご厚情をいただき、「楽しんで来てくださいね」と有り難いお言葉に送り出されて、5月の下旬、10日間のヨーロッパ旅行に行かせてもらった。ウィーンを起点にブダペスト、ドレスデン、プラハ、ベルリンと巡る中・東欧の旅であった。いずれ劣らぬ、ハプスブルク帝国とドイツの歴史を彩る古都だが、とりわけ、プラハに惹かれた。
プラハはヴルタヴァ(モルダウ)河のほとりに、1000年も前に作られた街だが、街並みに<千の塔>とも呼ばれる古建築が往時の姿がそのまま残る奇蹟のような街だ。わずか2日しか滞在できなかったが、プラハの魅力にすっかり取り憑かれた。
実際に行く前から、もちろんその名前は知っていた。「モルダウ」はスメタナの有名な曲を聞くたびにその流れを想像していたし、大好きなモーツァルトには、ずばり「プラハ」と名付けられた交響曲(第38番)がある。そして、プラハは、中学3年生の時に『城』を読んで以来、ずっと偏愛している作家、フランツ・カフカが生まれ、育ち、書き続けた街である。だから、知っているどころか、行ったことはないけれど、むしろとても馴染みの深い街だった。だが、旅というものは本当に有り難い。百聞は一見にしかず、聞くと見るとは大違い、実際にこの足で歩き、この目で見、この膚で感じたプラハは、想像を千倍も超える素晴らしい街だった。
600年前にヴルタヴァ河に架けられた石作りのカレル橋。ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロックの各様式を時代ごとに刻み込んだプラハ城。ミュシャのステンドグラスがとりわけ美しい聖ヴィート大聖堂。モーツァルトが自ら指揮して『ドン・ジョヴァンニ』を初演したエステート劇場。
▼カレル橋にて、バックにカフカ・ミュージアム
そしてなにより収穫だったのは、半日、一人自由時間を得て、カフカゆかりの地を巡り歩いたことである。カフカ生誕の家がそのまま残っていて、今は『カフェ・カフカ』になっている。プラハ城の城内にある『青い家』はカフカの妹が借りていたアパートだが、カフカはここを書斎代わりにしていて、毎晩、旧市街の自宅からカレル橋を渡ってここに通って原稿を書いた。そして、『田舎医者』や『あるアカデミーへの報告』などの名作が生まれたのだった。カレル橋のたもとには、『カフカ・ミュージアム』ができていた。2006年に作られたそうで、カフカのノート(生原稿)がふんだんに展示され、鏡やわざと歪ませた映像や迷路を駆使した「カフカ的」な演出で作家の生涯をその時代背景も含めて多面的に紹介していた。
プラハの街を一人散策しながら、モーツァルトが、そしてカフカが、歩いたその同じ道を歩き、同じ風を感じていると思うと、歴史が一気に自分の中に溶け込んでくるような、不思議な感動を覚えた。その感動はまだ余韻を残し、プラハを、千の塔を知り尽くしたいという、気持ちがむくむくと頭をもたげている。二度でも三度でも、いや十度でも二十度でも行ってみたい。プラハは、生涯にわたる憧憬(しょうけい)の街になった。
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