奇蹟のような心の交流(サービスセンターぱる 小林博)

 今年4月の藤沢育成会の職員全体研修で、東田直樹さんの講演を聞いた。私はこの講演に大きな感銘と衝撃を受けた。職員全体研修には200人近くの藤沢育成会職員が集まったが、皆同じ気持ちだったと思う。その東田直樹さんの生活を追ったドキュメンタリーが8月17日、NHKテレビで放映された。『君が僕の息子について教えてくれたこと』という番組である。4月に東田さんご本人と身近に接し、その人柄と思想(あえて思想という言葉を使おうと思う)に強く惹かれていた。講演をお聞きしたときの感銘と衝撃がまだまだ覚めやらないまま、NHKの番組を見た。
 

 東田直樹さんは、7年前に『自閉症の僕が跳びはねる理由』という本を出版した。この本をアイルランドに住む作家・デビッド・ミッチェルさんが英語に翻訳して、『The Reason I Jump』という題名で出版した。この英訳本は英語圏で大反響を呼び、いまでは20カ国語に翻訳されて世界的なベストセラーになっている。
 

  デビッド・ミッチェルさんには、8歳になる自閉症の息子さんがいる。自閉症という障害がバリアとなって、ミッチェルさんはこの息子さんとコミュニケーションを取ることに困難を感じ、絶望的な気持ちになっていた。ミッチェルさんは、かつて数年間日本に滞在していたことがあり、日本語が堪能である。東田さんの著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』をたまたま手にして読み、ミッチェルさんは息子が口を開いて自分の気持ちをつぶさに伝えてくれているように感じた。今まで理解不能とまで思っていた自分の息子のことが、東田さんの言葉を通じて、文字通り氷解するように分かったと思った。ミッチェルさんはこの本をぜひとも英語に翻訳して出版しようと決意し、英訳版『The Reason I Jump』が誕生したのだった。

 

 『君が僕の息子について教えてくれたこと』は、この間の経緯を詳しく紹介し、著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』=『The Reason I Jump』を媒介とした、東田さんとミッチェルさんの奇蹟のような心の交流を感動的に描いている。番組は大反響を呼んだようで、8月28日に再放送された。さらに9月13日(土)に再々放送されるので、見逃した方はぜひご覧頂きたいと思う(末尾に情報掲載)。
 

 さきほど「東田さんとミッチェルさんの奇蹟のような心の交流を感動的に描いている」と番組の紹介をしたが、この「奇蹟のような心の交流」という言葉は単なる常套句でも大袈裟な形容句でもない。自閉症の特質として、コミュニケーションの障害、人間関係の障害、想像力の障害の3つが指摘され、通称「三つ組み」などと言って専門家の共通了解事項となっている。この3つの特質は、一言でつづめて言えば「心の交流が成り立ちにくい」ということである。4月に職員全体研修の時に講演を聞き、控え室などで身近に接した東田直樹さんは、確かに表面的な印象では「心の交流が成り立ちにくい」方だった。多分、顔を見合わせ、会話を交わすという通常の形だけで東田さんにお会いしていたら、「『三つ組みがすべて当てはまる典型的な自閉症の人』」と「専門家」としての私は思ったであろう。ミッチェルさんの自分の息子に対する思いも同じで、親子でありながら、理解できない、心が通じないと随分思い悩んだようだ。
 

  これまで、「自閉症の人とは心の交流がなりたちにくい」というのが私も含めた「専門家」の一般的な見解であり、多くの親御さんの苦渋に満ちた体験的な気持ちでもあったと思う。その常識を完膚なきまでに打ち砕いたのが、東田直樹さんの一連の著作であり、NHKの番組『君が僕の息子について教えてくれたこと』であった。

 

  『君が僕の息子について教えてくれたこと』が映し出す、東田直樹さんとミッチェルさんの関係には、確かな「心の交流」があった。それはこれまでの自閉症概念に照らしあわせると、絶対にありえないような、文字通り「奇蹟のような心の交流」であった。番組の間中、ミッチェルさんが東田さんに向ける目はずっと涙で潤んでいた。その眼差しは東田さんへの信頼と優しさに満ちていて、ミッチェルさんの終始変わらぬ涙目は、何より雄弁に二人の間の「心の交流」のあり様を物語っていた。

 

 番組のハイライトで、ミッチェルさんが満を持したように東田さんに質問をぶつける。
「私は自分の息子にどう接したらいいか、東田さん、教えてください」
これに対して東田さんは、手作りのキーボードを指さしする、独特の会話法を使って、即座に「そのままでいいのです」と答える。東田さんは、ミッチェルさんの自分の息子に対する深く複雑な心情をすべて汲みつくした上で、真情あふれる気持ちを一言で言い表したのである。この場面は本当に感動的であった。そして、「自閉症の人とは心の交流がなりたちにくい」という私を含めた「専門家」の思い込みがいかに浅薄であり、人と人の関係の多様性は言い知れぬ広がりを持っている、ということを思い知らされたのだった。

『君が僕の息子について教えてくれたこと』
再放送情報
http://www4.nhk.or.jp/P3229/2/

 

▼藤沢育成会の職員全体研修で講演する東田直樹さんとお母様の美紀さん

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