「それぞれの表現」(みらい社 儀保治男)

以前私が勤めていた事業所(通所授産施設)では、余暇活動の一環で毎月1回クラブ活動の日がありました。特に絵の心得があるわけでもなかったのですが、私は、「絵画クラブ」の担当でした。そのときに出会った"素敵なアーティスト"との出会いについてのエピソードを書きたいと思います。

 

Kさんは、通所事業所に毎日路線バスを利用して出勤してくる男性です。しかし、毎日遅刻をしてくる方で、「時間を守る」という課題に対して、当時私はどのような支援が必要か必死に考えていました。まず、Kさんの通勤経路を確認すると、自宅から最寄りのバス停まで移動するのですが、そんなに遅刻をするほどの時間ではないことが分かりました。

しかし、バス停でのKさんの行動は、バスが来ても乗車口に足をかけて乗り込むのかを思いきや、バスには乗らずバスの外観を見て楽しそうにしているのです。その後も何台かバスが来ますが、乗り込まずその都度「バス観賞」を楽しんでいました。

ある日、事業所にバス会社から電話が入りました。内容は、「おたくの利用者の方だと思うが、いつもうちのバスに営業妨害をして困っているんだよ!」と開口一発厳しい口調で言われてしましました。「営業妨害」の内容について聞いてみると、

 

  バスに乗るのか乗らないのか分からない行動がある。つまり乗車口付近で乗ったり降りたりを繰り返している。

  バス停に停車しようとすると、バスの前に立ちはだかりかなり危険な状況がある。

 

という2点でした。その苦情の内容を聞きながら私はその行動の「意味」がすぐに分かりましたが、電話ではなかなか理解してもらえないと思い、その場では謝罪をし、後日改めてKさんを連れて謝罪にいく旨を伝えてその電話を切りました。

数日後、約束の日にKさんに事情を説明して一緒に謝りに行くことを促すと、Kさんは"バス会社に行ける"ということだけで嬉しくなったようで、少し興奮気味の様子でした。私はKさんが事業所の「絵画クラブ」で作成した大量にある「路線バス」をテーマにした絵を持って、Kさんとバス会社に謝罪に行きました。バス会社に着くとKさんは目の前に大好きなバスがあることでとても嬉しくなり、ぴょんぴょん飛び上がって嬉しさを表現していました。その嬉しさを引きずったままバス会社の事務所に入ると、険しい表情をした所長さんがそこには居て、厳しい目つきで「どうぞ、お掛け下さい」とソファーに案内をされました。私はすぐに「今回、いろいろとご迷惑をお掛けしまして大変申し訳ありませんでした」と謝罪をし、所長さんからの苦情の詳細を聞いていました。一通り話を終えた後、私から所長さんに「ご迷惑をお掛けしたことは謝りたいと思います。でもなぜKさんが"営業妨害"と言われてしまう行動をとってしまったかの"理由"を聞いていただければ・・・」と言ってKさんがこれまで描き溜めた「路線バス」をテーマにした絵を出しました。その"絵"を見た瞬間に所長さんの表情が変わり、「こんなにうちのバスを描いてくれていたのですね・・」と言葉に詰まりながら全ての"絵"を見てくれました。私から「Kさんが乗車口で乗ったり降りたりを繰り返すのは、この絵に描かれている"運賃表"を描きたくて、自分の頭にイメージを残すために取っていた行動なのです。また、バスの前に立ちはだかる行為は、バスを正面から描きたくて、その正面のイメージを頭に残すために取っていた行動なのです。」と説明をすると、所長さんは「ぜひこの"絵"をうちの乗務員に見せたいので詰所に来てください」と言われ、詰所へ案内してくれました。

 

詰所には、バスの乗務員の方が数名休憩をされていました。私とKさんが訪ねると、乗務員の皆さんはKさんをかなり険しい表情で見ていました。(ほとんどの乗務員の方がKさんの行動で迷惑を感じていたようです)その後所長さんより「みんな、Kさんです。Kさんはとてもうちのバスを愛してくれている方です」と言いながら路線バスの"絵"を皆さんに披露してくれました。その"絵"を見た乗務員の方々は、険しい表情から、とても穏やかな表情に変わり「この顔は、俺だ!」「このバスは◯◯号車だよ!」「この顔は◯◯だ!ものすごく特徴を捉えている!」と言って全ての"絵"を見てくれました。その後私から再度乗務員の皆さんにKさんがこれまで取った行動の意味を説明すると、「Kさん!いつでもバスをみていいよ!」と優しいことばをKさんに掛けてくれました。Kさんは、バスの車体だけではなく、バスの乗務員の顔も特徴を捉えて描いていました。その乗務員の顔やバスの細部までを捉えた"絵"は、Kさんなりの「表現」でした。確かにKさんが取った行動は、迷惑な行動であったかと思いますが、Kさんの表現がバス会社の方に「理解」して頂けた経験のエピソードです。

 

Kさんの作品です】

 

karimata.gif

 

 

絵画クラブには、「それぞれの表現」を"絵"にするアーティストが沢山いました。そんな素敵なアーティストが描いた"絵"を2001年に『アートキャンプ2001「素朴の大砲」展』と称して展覧会を開催しました。今も「アートキャンプ」は継続しているようで、今年も『アートキャンプ2017「素朴の大砲」展』が沖縄県立博物館・美術館 県民ギャラリーにて10/3111/12の期間で開催されています。(開催地は沖縄なので気軽には行けないのですが・・・)

 

私は、この素敵なアーティストとの出会いがあって、自分の感性が変わりました。自分には出来ないことが出来ること「それぞれの表現」は尊敬に値します。そんな素敵な方との出会いがあるこの仕事は、現在進行形で楽しいものです。まだまだ素敵なアーティストとのエピソードはありますが、今回はここまでにしたいと思います。

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