日記

サービスセンターぱるの施設長・課長日記

 彩〜いろどり〜 (サービスセンターぱる 課長/只熊 裕子)

サービスセンターぱる

来週行われる、インクルウイークの取り組みの中で、事業所紹介をする場面があります。

サービスセンターぱるのヘルパー部署では、主に電車、バスを利用しての外出の支援をしています。

取り組みの際、ある職員が考えてくれた「生活に彩"いろどり"をつける」という言葉がとても印象に残りました。

自分自身の生活の中での彩"いろどり"とはなんなのか、私の生活の中に彩はあるのか、考えさせられた言葉でした。

数か月前、ご近所さんより、しその苗を頂き、花壇に植えています。頂いた時は葉っぱが3枚ほどの小さなものでしたが、次第に大きく育ってきました。

週末になると、食べられるしそが数枚できており、どんな食べ方をしようかと、「しそレシピ」の検索をする週末が続いています。

私は料理が得意ではないため、パスタ等にすることが多いのですが。

今は、食べ方についてはほぼありきたりになってきていても、週末にむけて、しそが出来ていることが些細な楽しみとなっています。

そこで、もっとこの楽しみを増やしたいために、別の苗を探しに行きました。

色んな苗がある中、結局、すぐに食べられるレタスや、娘が楽しめるイチゴの苗を購入しました。

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生活を充実させる為に、自分がやりたいこと、家族が楽しみにしていることを取り入れていくこと。

この出来事も些細なことですが、私にとっては生活に彩を与えてくれる一部だと感じています。

生活に取り入れたいことは、他にも色々とありますが、いつか熱帯魚を飼いたい、と小さな夢を持ち続けています。

生活に彩をつけることは、外出だけでなく、何かを行ったり等、人それぞれ違ってくると思います。私たちも皆様の生活に少しでも多くの彩"いろどり"をつける支援を一緒に過ごしながら、多方面から行っていきたいと思っています。

懐かしい音色(サービスセンターぱる 支援課長 鈴木 保志)

サービスセンターぱる

週末、近隣を歩いていると、とあるマンションからソプラノリコーダーの音色が聴こえてきた。音色が何ともほのぼのとした気分にさせてくれる。小学生だろう、必然的にランドセルが頭に浮かぶ。ふと、自分の子どもが吹いている姿を見たことがあったかな、音楽の授業で習っているはずだが、と思う。

私が小学生の頃は、リコーダーがランドセルの端から突き出ている小学生が登下校しており、中には吹きながら歩いている子もいた。我が子に尋ねると、学校に置いたままにしている、皆そのようにしていると話す。なるほど、私の育った田舎でも、リコーダーをランドセルに突き立てて歩いている小学生はさすがにいないだろうなと思う。

            

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 年に1度は必ず帰省をしているが、いつからだろうか、夏休みなのに外で遊んでいる子どもの姿を見なくなった。自分が子どもの頃は、朝から夕方まで屋外では小学生の声が響き渡り、川沿いには自転車が並び賑わっていた。ゲームやSNSの普及による時代の変化は、地方も都会も変わりはない。今年の冬、帰省した際にはバス停に数人が並び、皆が手元のスマホを触っている光景を目にし「どこも同じだ。」と思いつつなぜか違和感を覚えた。

今の情勢を知り、時代に柔軟に対応していくことが求められる世の中ではあるが、それが義務ではなく、好奇心が原動力となる感性が自分には不足していることを知っている。バス停での違和感は、自分の乏しい感性によるものなのか、あるいは記憶に残る過去の風景によるものなのだろう。

6年生の娘にリコーダーを吹いてもらった。とても上手とは言えないが、素朴な音色がとても心地よく感じた。

波多江式インディアン的福祉論!? ⑬(サービスセンターぱる 副所長 波多江 努)

サービスセンターぱる

どの部族かは不明なのですが、インディアンには十戒というものが存在するそうです。未来を担う子どもたちに示し、正しく生きていくための教えを長きにわたり受け継いでいるようです。いわば行動規範とでも言うのでしょう。

その十戒をご紹介すると

  • 大地とその上に住むものすべてに敬意をもって扱いなさい
  • 偉大なる精霊(精神)を保持しつづけなさい
  • あなたの仲間に大いなる敬意を示しなさい
  • すべての人々(人類)のために手を携えて働きなさい
  • 必要とされたなら場所を問わず援助と親切を与えなさい
  • 自分が正しいとわかっていることを実行しなさい
  • 心と身体をいい状態に保つために気をつけなさい
  • あなたの努力の一部を善行に捧げなさい
  • いつも真実をみつめ、正直でいなさい
  • 自分の行動について全責任を負いなさい

人として生きていくためにとても重要な考え方ですが、文化の異なる国の中では考え方の加工が必要な文言もありそうですが、こうありたいと思っています。

さて、我が法人にも行動規範である藤沢育成会行動指針「支援のこころ」というものが

存在します。こちらも一部ご紹介すると

  • 利用者主体のこころ ~本人の力を信じて、一人の人として~
  • 自己決定のこころ ~職員の価値観、一方的な見方ではなく~
  • コミュニケーションのこころ ~情報交換、話しあい、一緒に考えたい~
  • プロフェッショナルのこころ ~利用者はサービスのユーザー、心地よいサービスをめざして~
  • 自己研鑽のこころ ~振り返り、向き合う、予測と意識~
  • ゆとりのこころ ~冷静に、丁寧に~

   私たちが支援者として生きていくために必要な考え方であり、これも行動規範となって

いるものです。

いずれも考え方を示したものなのですが、どのように理解するかは個人で考察、集団で意見交換などをしながら、深めていくものなのだと思います。

 そして、社会や時代に併せて更新を繰り返しながら、大切にすべきものに磨きをかけていくべきなのでしょう。

インディアンになる&支援者としてあり続けるためには、私には16戒あるのかな!?

いずれにしても、もっと修業が必要ですね...。

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30年以上付き合っている大親友の誕生日に初めてプレゼントをしました(照)

新しい採用活動のかたち(サービスセンターぱる 施設長・法人事務局 事務局長/石川歩)

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法人事務局

今年のお盆休みは、コロナウイルス感染防止対策のため、また熱中症対策のために、いつもとは違う過ごしになりました。日常の買い物以外は外出できず、まるで寝正月のような過ごしになってしまいました。

さて、私は法人の常勤職員採用を担当しています。採用活動にも新型コロナウイルスの影響が色濃く、昨年までとは異なる工夫を行っています。

一つ目は、採用説明会への工夫です。例年、入所施設の湘南あおぞらに来ていただき、職員による事業説明や座談会、施設案内を行っていますが、今年は入所施設への法人外の方の入館をお断りしているため、普段は利用者の方が来所されることがない、地域支援事業の事務所で説明会を行っています。見学も、直接施設をご覧いただけないため、あらかじめVTRに撮影し、映像で施設内を紹介しています。また、説明と見学をセットでVTRにしたウェブ説明会も実施しており、ご好評いただいております。

二つ目は、採用面接への工夫です。3密を防ぐため、今年度は原則1名ずつの面接としています。さらにウェブ面接のシステムを取り入れ、来所されなくても面接が可能となっております。

三つ目として、感染対策とは直接関係がありませんが、このような社会情勢下でもインターンシップ(学生による社会、職場体験)に参加される学生を対象として、個別支援計画作成やフィードバックなど、より多彩なプログラムを提供しています。多くの学生に藤沢育成会、そして社会福祉の仕事の魅力を知っていただけたらと考えております。

すでに半年が経過した新型コロナウイルスとの闘い、そして共存。様々な観点から、提供するサービスの水準を保ちつつリスクを最小限とする努力を続けていきます。

写真)外出できない中、アサガオが夏を届けてくれました。

ふとおもうこと(サービスセンターぱる 課長 只熊 裕子)

サービスセンターぱる

昨年の春に祖母が亡くなり、1年が過ぎました。

祖母とは、祖父が亡くなった時は隣で私が寝て、私が心細い時は励ましてくれて、祖母が動けなくなった時は私が訪ねに行きと、人生の日々を一緒に歩んだ祖母でした。私が愚痴を言えば「自分を大切にしなさい」等と、自分との向き合い方や生きる糧を教えてくれた、とても自分に強い、尊敬できる人でした。


今でも祖母の言葉を覚えている限りは、私の心の中で生きています。


そんな祖母が他界してから、人生とはなんなのか、をふとした瞬間に考えてしまいます。
祖母が亡くなり、子ども達が成長していく中、とても「時代」を感じるようになりました。

今しかない、この時代を生きている中、この一瞬を大事にしていかないといけないなと思う日々です。


新型コロナウイルスの影響で1周忌は行えなかった為、命日にお墓参りにいった際、不思議と、祖母といた時のようなホッとした温かみのある気持ちを感じました。私の希望がそう感じさせたのかもしれませんが。


親にも感じる安心感は家族ならではの想いだと思いますが、家族一つとっても、兄妹同士の想いもあるんだなと、子ども達との時間の中でも実感します。
それぞれの家族の形は本当に様々で、両親が感じる子への思いも尽きないなと思います。
今年度に入ってからも、新型コロナウイルスでの影響にて、色んな思いを抱えているご家族がいらっしゃると、ここ最近とても感じています。

様々な家族の形があり、ご家族の思いに寄り添いながら、今後もこの仕事に関わらせて頂きたいと思います。

コロナ禍での出来事 (サービスセンターぱる 課長 鈴木保志)

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5月中旬、緊急事態宣言の最中、六会日大前駅の近辺を車で走っていると、ルームミラーにパッシングをしながら近づく警察車両が映った。何?と思いながらも、すぐに先ほどの交差点で無意識に徐行で停止線を通過してしまった「一時停止違反」であることに思いあたった。すぐに停車したところ、警察官が近づいてきたため、半分ほど窓を開け5分程度で手続きを終える。運転席に座ったまま窓越しで極めて事務的なやり取りをし、最後に「気を付けてくださいね。」と一言。事故防止の文脈でよく使われる「ハインリッヒの法則(1件の重大事故の背後には、300件のヒヤリハットがある)」でいうところの、「末端の芽を摘んだ」ということでしょうか。

交通ルールを守ることは当然であるが「大丈夫だろう」という誤った判断がやがては恒常化し、無意識に安全ルールを軽んじた結果、違反に至ったのだ、と考える。

それにしてもあの短い時間の、淡々とした事務的なやり取りで、はたしてドライバーの安全運転意識に、どれくらい訴えかけるものがあるのだろうか?と思ったのも束の間、停止線を異常に意識している自分に気づく。効果絶大である。

子どものころから、「社会のルールを守らない、あるいは悪いことをすれば警察官が来る」という、身近でだれもが知り沁みついた仕組みに安心感を覚える自分がいる。

このコロナ禍で「要請」や「法的拘束力」といった言葉をよく耳にする。自主的に正しいと思うことを選択し、実行に移せる思考が求められているのだろう。

今回の出来事では、他者が介入して、行動の適・不適を判断し、行動が修正されたわけだが、これからの社会では、それに頼っていては、正しい判断・行動は期待できない。

交通違反はほめられたことではないが、今後の自分にとって、目には見えない「停止線」に、自主的に気が付いて行動する必要があると気づけた、良い機会になった。